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「いくら殴られたってだめなものはだめだ」
清七は二つ年長の文次郎を見上げながら、きっぱりと断った。
「だったら、どうなるか分からせてやる。ついて来い」
「ああ、いいよ。何度でもやってやる」
佐太郎は後ろで見ている。
殴られて、負けるのが分かっていながらついていく。佐太郎には清七の気持ちが理解できなかった。
文次郎を先頭に、清七、佐太郎と続き、最後尾に権造が続く。
華徳院の境内に出た。
前日と同じく、二対二で向き合った。
「さあ、かかってきな」
文次郎が目を細めて清七に手招きをした。
清七が口を開いた。
「俺は殴り合いをしたい訳じゃねえ。かかって来るならそっちからだ」
佐太郎はあまり堂に入った清七の啖呵に驚き、唖然と清七を見つめた。清七の目がギラギラと燃えている。毎日泣いていた清七とは別人だった。体格の差も吹き飛ばすほど強い目線を文次郎に向けている。
もしかしたら、文次郎と清七が一対一でやれば勝つかもしれない。佐太郎はそう思った。
が、文次郎の後ろには権造がいる。
あの相撲取りのような化け物にはどうあがいても勝てない。
と、その時、佐太郎が懐に手を入れた。
「持ってきたよ。ほら」
文次郎、権造、清七の三人が拍子抜けしたように、佐太郎の右手に握られた菊模様の巾着袋を見つめた。清七には内緒だった。
「ほう、分かってんじゃねえか。清七のガキはもの分かりが悪いらしいが、佐太郎、お前は随分ともの分かりがいいんだな。さすが店の跡取りだぜ」
文次郎は佐太郎から巾着を奪い取ると清七の肩をドンと力任せに突いた。そして満足げな目を浮かべながら、肩で風を切りながら帰っていった。
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