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「まさか、もう使っちまったのか?」
「うるせえ。使おうが捨てようが俺の勝手じゃねえか」
小馬鹿にした声だ。佐太郎が自らを奮い立たせるようにして横から入った。
「あの、か、火薬はうちの店が公儀から預かっているものだ。な、なくなったことが、ばれればお前のところの店も、ま、まずいことになる」
「公儀?」
文次郎の顔がさらに翳った。眉間の皺がなくなっている。
「そうさ。火薬は公儀からの預かり物なんだ。店ではどれだけ使ったか厳重に管理されている。火薬を持ち出したことがばれたんだ。このまま火薬がなくなるとお前もまずいことになる」
清七の言葉に、文次郎も視線を落とした。さすがに店が公儀から咎めをうけることの意味は理解している。
「ってことは、どうすればいいんだよ?」
「頼むから火薬を返してくれ。そうしないとうちの店もお前の親父の店もやべえことになる。黙って返せばこれまでのことは水に流してもらえるんだ」
清七が迫った。が、文次郎は言葉を発しない。
「ど、どうしたんだ。か、返してくれれるんだろう」
佐太郎が詰め寄った。
文次郎は視線を落としたまま呟いた。
「とられたよ」
「なに? 何だって?」
「あの火薬は取られちまったよ。あれから家に帰る途中、でけえのが二人近づいてきてな。そいつらに呼び止められて、巾着ごとを持っていかれちまった…。どこかにひそんで俺達のやり取りを見ていたらしい。中身が火薬だってことも知っていたぜ」
文次郎の声がすっかりおとなしくなっている。家に迷惑が及ぶと聞いて、観念したようだ。
清七は昨日のことを思い返した。文次郎らとの別れ際に見た二人の青年だ。紺の絣(かすり)の着物と、白黒の横縞の着物の二人だ。
清七は瞼の裏の記憶を引き出した。
紺絣の方は背が高く、白黒の横縞の方は肩幅が広くずんぐりとしていた。
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