瞳に咲く花

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「そ、そうだ。立派な花火師になって、お、大川(隅田川)にすごい花火をうちあげるんだ」  佐太郎はしゃべるときにどもる癖がある。色白の丸顔でおとなしい性格を顔全体が醸し出している。目が垂れ、額が左右に狭く、頬がふくよかで、まるでおむすびのようなのだ。    鍵屋のある両国横山町から浅草橋を渡り、二町ほど行くと左手に華徳院がある。この寺の一室が佐太郎らの通う手習い所だ。 そこには武家の子から柳橋周辺の料亭の子供や佐太郎や清七のような職人の息子まで様々な家柄の子ども立ちが集まっていた。 緊張で頬を強張らせる清七の眼の前に初めて見る光景が広がっている。 三十畳ほどの大広間は子供達で騒然としている。それぞれが膳を出し、手習いの準備を始めている。膳の置く場所に暗黙の決まりがあるらしい。 清七は佐太郎に連れられて師匠のところへと行き、丁寧にあいさつをした。 師匠は隣の池田家の若い武家が交代で務めている。 「鍵屋の清七です。精進いたしやすので、よろしくお願いします」  佐太郎兄に教えられた通りのあいさつは無事に言えた。 「うむ、お前(めえ)は花火屋の子か。花火屋の子どもはみな賢かったぞ。お前も立派な花火師になるためによく言うことを聞くのだぞ」  それから佐太郎は強そうな子供たちを避けるようにして、部屋の端のほうに自分の膳を置いた。清七もそれに習い、佐太郎の横に膳を置いた。  清七が手習いにも慣れてきた頃のこと。 「清七、今日、て、手習いが終わったら、い、いいものをみせてやる」  佐太郎がいつになく得意気だ。  手習いが終わり、二人は浅草橋を渡らずに左に折れ、大川の岸に出た。  佐太郎は砂地を踏みながら、周りに人のいないことを確認し、懐から何やら取り出した。 「見ろ」  佐太郎の手には五本の紙縒(こよ)りがあった。 「線香花火だね、兄貴!」
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