瞳に咲く花

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「どうやら私はお前を買いかぶっていたようだ。少し花火が作れるからといって正場に上げるのが早かったのかもしれん」  その声色から怒りを押し殺しているあるじの様子が浮かんでくる。清七の顔から血の気が引いた。  火薬のことが親父にばれたのだ… 「お前は私を裏切った。お前を正場に上げる時、店の掟を教えたはずだ。火薬のことで少しでも怪しいことがあればすぐにあるじである私に知らせるのだと。その掟をお前は見事に破った」  清七の身体の芯に熱いものが走る。 すべて親父に見透かされていた…、  源右衛門兄さんが俺達に一日猶予の時間を与えたことも…、 「申し訳ありません…」  障子の向こうから蚊の泣くような源右衛門の声が聞こえた。 「申し訳ないでは済まないことだ」 その声が聞こえた後、平手を打つ乾いた音が廊下にまで響いた。  それを聞いた佐太郎の顔がみるみる崩れていく。  手を上げる親父を清七は見たことがない。乾いた音が耳の中で増幅する。自分の頬までもが熱くなった。 「火薬には命が宿っている。その命は鍵屋の命でもあるのだ。その管理を任せるということは、店の命を預かることと同じだ。お前は小僧の前で兄貴面したいがために、その仕事を踏みにじった」  ちがう… と清七は心の中で叫んだ。 源右衛門兄さんは兄貴面なんかしない。たったの一度だって僕達の前で兄貴風をふかしたりなんかしていないのに…  源右衛門はふた月の間、正場から下ろされることを言い渡された。そして、「夜通し座り」の罰も言いつけられた。店の外で一晩中正座をして反省する子ども向けのお仕置きだ。  清七と佐太郎も、寝ずに座った。  結局、清七と佐太郎は弥兵衛から呼ばれることがなかった。清七はそれが堪らなく悔しかった。 悶々とする清七の横で、佐太郎は一晩中、泣き崩れていた。
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