瞳に咲く花

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(二)のぼり清竜    晩夏である。 大川沿いの道端の草はまだ翠が色濃く、ところどころに彩り鮮やかな野花も顔をのぞかせている。 納涼期間になると、両国橋は江戸中から人を迎える。 「両国橋、一日三千両」と言われる賑わいだ。 朝の青物市で千両、昼の広小路の見せ物で千両、夜は大川の花火で千両の上がりというわけだ。  あちらでもこちらで汗と客引きの声が飛び、喧騒に喧騒が重なる。 日が沈むと、金持ちが料亭の屋形船を借り切り、川面浮かべて贅を尽くした宴を開く。地上はうだるようでも、水の上を渡る風は涼しいのだ。 川面はそういった船でごった返す。 そんな宴会を盛り上げるのが鍵屋の船から上げられる打ち上げ花火だ。文字通り宴に花を添える。  ある晩のこと。 暮れの五つで、すでに空一面が黒く塗られていた。  花火の出番だ。 「おーい、鍵屋さんやーい」  屋形船の船頭が鍵屋を呼んだ。屋形船からは芸妓の嬌声や三味線の音が流れてくる。  鍵屋の花火船が屋形船に近づき、花火の注文をとっている。  十五歳になった清七はその様子を大橋の上から目を凝らす。  鍵屋の花火船は目映(まばゆ)いちょうちんを掲げている。縦三列、横三列に、全部で九つが並んでいる。  清七はそれを大橋の西の端の方で、欄干にしがみつきながら見つめている。  ど真ん中のちょうちんの灯が消えた。ちょうちんは「回」の形を示している。  甚六さんの「村雨星」だ、と清七は思う。 ちょうちんの点き方が符号になっているのだ。  清七はくるっと振り返ると、橋の上の観衆に顔を向けた。いくつもの視線が清七に吸いついた。  清七はひとつ咳払いをするとやや顎を上向きにして、口上を始めた。 「さぁてぇ、東西(とーざい)、東西(とーざい)。これより打ち上げまするぅ花火はぁ、熟練職人、鍵屋甚六のつくぅるぅぅ…」
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