瞳に咲く花

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とここで一呼吸貯めて、観衆の注目をひきつける。浴びせられる視線に力が入るのを感じると、おもむろに、 「村ぁ雨(さめ)ぇ星(ぼし)ぃぃ、でぇぇぇござぁぁいぃ~」 思う存分語尾を伸ばしてから、締めに入る。 「首尾よく打ち上げられますればぁ、拍手、御喝采のほどをぉぉ」 あちらこちらから「むらさめぼし…」というざわつきが聞こえてきた。 まもなく、両国の夜空を爆発音が揺らした。  夜空に咲く花火にむかって、 「かぎや~!」 の掛け声が橋のあちらこちらから上がった。  清七のような鍵屋の小僧たちは大橋の上や広小路に散らばっている。一発ごとに花火船からの合図を受けては、こうして花火の口上をあげて、花火鑑賞に華を添えているのだ。 清七たちがそんな口上を十回もやり終えたその晩。  カッカッカッという下駄の音が清七の耳に入った。  清七は振り向かずともおみよの足音だと思った。歩幅や下駄の音の具合で分かる。  おみよの持ち場は大橋の東側だ。 何かあったのか、と清七は思う。  下駄の音の方に目を凝らすと、やはり闇の中からおみよの浅葱色の着物が浮かんできた。十四歳になり身体に丸みをおびてきたおみよが大橋の人混みを掻き分けるようにして橋を降りてくる。 「清七さん、大変、大変」 と右手をこまねいている。 血相を変えた顔が川面に滲む月灯りに照らされた。 「どうした。おみよ、何かあったのか?」 「み、みの吉がやくざ者と喧嘩をしているわ。早く来て!」  みの吉は十三歳、三年前に鍵屋にもらわれた一番年下の小僧だ。大橋の中ほどで口上をあげているはずだった。  おみよの言葉を聞いて、清七はおおよその察しをつけた。  最近、大橋の上で風呂敷を広げて座りながら見物するやくざ者が出没しているのだ。そいつらといざこざを起こしているに違いない。
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