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さすがの清七も凍りついた。
なんて気の早(はえ)え武家だ…
清七がそう思ったとき、清七の後ろから、みの吉の声が飛んできた。
「花火見物の邪魔をしているのは手前(てめえ)らだ。ここは往来が激しいから座って見物しちゃあいけねえって、赤子でも知ってら」
馬鹿! みの吉、鯉口を切った野郎に向かって余計なことを…
みの吉の挑発を聞いて、用心棒の右手に力が入った。
「あ、赤子だと…、小僧…、ふざけやがって…」
ほとんど反射的に用心棒が腰の物を抜き、冷たい金属音が橋の上に流れた。
観衆からどよめきが涌く。月の光をとらえた刀刃がゆるりと流れる。
群衆は、巻きこまれては堪らないと後ろへと退き始めた。輪がひときわ大きくなり、清七とみの吉は取り残されたようになった。
けっ、怒らせちまったようだぜ。こうなりゃ、仕方ねえ…
清七が背中に手をやり、帯に挟んでいた差し金を取り出した。
徒(ただ)で逃げたんじゃあ、男が廃(すた)るぜ…
どうせたいした腕じゃねえだろう…、二、三太刀かわして、一撃をくらわせたら群衆の中へ紛れ込もう…
そう流れを描きながら、清七が低く構えた。
清七の目が閃光を放つ。
そのとき、野次馬の輪の中から声がした。
「清七、みの吉、大丈夫か!」
源右衛門兄貴だ!
おみよが呼びに走ったのだ。源右衛門はその日、柳橋の料亭にいるはずだった。
源右衛門はこのとき二十歳。花火作りの才能は店の職人の中でも抜きん出ており、あるじ弥兵衛からの信頼をほとんど独り占めしていた。この晩、柳橋のご贔屓筋の接待をあるじに代わって任されていたのである。
すぐに源右衛門は清七の脇に立った。料亭から借りてきたらしい木刀を構えている。
長身の源右衛門は用心棒の背丈に並んでいる。清七は心の中が晴れ渡るようになった。
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