瞳に咲く花

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 源右衛門が、構えを崩さずに清七に向かって小声で愚痴をこぼした。 「何も武家を相手にすることはなかろうに…」 「みの吉の野郎が余計なことを…」と清七も面目なさそうに言う。 相手が一人増えた用心棒は、刀の先が左右に迷い始めた。間を取りにくそうにして、立ち位置を決めあぐねている。  相手が間合いを取るのを邪魔するように、源右衛門がおもむろに口を開いた。 「うちの店の小僧が世話になったようだが、奉行所の達しを知らぬ訳ではあるまい。非があるのはそちらだ。謝るのであれば今のうちだ」  まずはあいさつ代わりに正論で攻める。 「何を小ざかしい…。丸金組の親分がたまの花火見物に来たのだ。こっちは邪魔しねえでもらいてえだけだ」  用心棒も呼吸を乱さずに応じる。 「花火を楽しもうってなら、俺達の方こそ邪魔はしたくねえ。腹を割って話あおうじゃねえか」  源右衛門が交渉を申し入れる。これで、相手が応じてくれば、血を見るような事態は避けられる。  源右衛門にしてみれば、見物場所を巡る諍いなど日常の話だ。  鍵屋の顔の利く料亭や船宿に話をつければ、比較的安い値段で見物場所を斡旋することもできるのだ。うるさい輩を黙らせるためだ。多少の筋を曲げることは、商売のうちだ。やくざ者だってやたらとことを荒立てたいわけではない。  案の定、用心棒の目が緩み、刃先がわずかに下がった。 源右衛門はやれやれと思いながら、草履を引きずって一歩下がり、相手に合わせてわずかに木刀の先を下げた。そうして隙を見せて、用心棒の言葉を待った。  しかし、大人の世界の交渉ごとだ。清七とみの吉には微妙な駆け引きのことなど、わからない。  源右衛門と清七の後ろから、みの吉が余計な喙(くちばし)を容れた。 「世間様の掟を破ろうとする奴と話し合う必要なんかないよ。源右衛門兄貴!」 源右衛門が言葉を失った。
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