瞳に咲く花

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 ひと太刀目は源右衛門の腕を捕らえていたのだ。 「きゃー!」  群集の最前列で見ていたおみよから叫び声が上がった。  血で染まった橋の上で、源右衛門の左手首から先が、腕から離れている。 「怪我をしているぞ。駕籠だ、駕籠で医者まで運ぶんだ」  人混みから誰かがそう叫んだ。  十兵衛がゆっくりと立ち上がった。 「腹が減った。それに酒もだ。今日の花火見物は止めだ。野郎ども帰えるぞ」 十兵衛がそう言うと、手下の連中は「へえ!」と威勢のよい返事をあげた。用心棒は急いで刀を納めて後を追った。   その後、弥兵衛は小伝間町の牢獄の医者と品川の名のある漢方医を店に呼び、つきっきりで源右衛門の治療に当たらせた。  牢獄の医者は「一度、斬れちまった腕はもう戻らねえ」と言いながら、源右衛門の左手首の切り口を焼き鏝で焼いた。  焼いている間、店の男たちが暴れようとする源右衛門を押さえつけた。清七も男達に混じって泣きながら源右衛門の右腕を畳みに押さえつけた。  三日が経った日、医者は「どうやら命に別状はなさそうだが、しばらくは高熱が続くだろう」と言った。  弥兵衛の表情に疲労の色が濃くなった。それどころかろくに口も利かなくなった。  無理もない。左手とは言え、片手をなくした源右衛門は、職人としては死んだに等しい。事実上の筆頭職人が潰れたのだ。  それから店全体が深く沈んだ。あたかも店の支柱を失ったかのように作業場の空気はふらふらと揺れ、拠り所を無くしていた。  清七は居たたまれない気もちに苛まれた。  俺があの時、差し金を取りに行かなければ…  日々、その思いで押しつぶされそうであった。店中から非難の視線を浴びているようだった。飯も喉を通らず、弥兵衛の沈黙に怯える日々が続いた。  
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