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花火の季節が終わり、広小路では落ち葉がカサカサと音を立てて転がるようになった。
ある日、十兵衛が鍵屋の戸を叩いた。
用心棒は付いていない。小男が脇に一人いるだけだ。
十兵衛はよそ行きの顔を作っているが、時折光る眼光と首筋の傷は、渡世人であることを隠せない。
弥兵衛は初見の十兵衛を客間に上げた。一見してそれだけの人物であると見切ったのだ。
「大橋でうちの用心棒がそちらの職人さんを傷つけた。そのことで話がしてえ」
十兵衛がそう切り出した。
言葉は雑であるが、両手は膝の上に揃えられている。
弥兵衛はだまって十兵衛を見据えた。
「そちらの職人さんも木刀を構えていたこととはいえ、こちらは刀。手荒なことをしたことは間違えねえ。大事な職人を傷物にしちまった」
いやに下手にでてきやがる。弥兵衛は警戒しながら聞いた。やくざ者のことだ、何かしら裏があるにちがいない。
「千両」
という言葉が十兵衛の口から出た。
千両で今回のことを水に流したいと言う。
弥兵衛は目を丸くした。
一体どういうつもりなのだ? やくざ者の喧嘩だ。放っておけば水に流れる話に千両を払うと自ら言い出しやがった。
弥兵衛はどう返事をしたものか迷った。
じっと十兵衛の目を見つめ、本心を探る。
明らかに裏がある。しかし、その裏が分からねえ…
また十兵衛が口を開いた。
「いや、正確には五百両だ。残りの五百両には別の話をつけてえ」
やはり…、何かの言いがかりをつけるにちがいない、と弥兵衛は頭をめぐらせる。
こういう時は下手にしゃべらぬほうが得だ。言質をとられては堪らない。弥兵衛は十兵衛の言葉を待った。
すると十兵衛が意外なことを口にした。
「清七という小僧がいるだろう」
弥兵衛は内心、頭をひねった。
清七が何だというのだ…
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