3人が本棚に入れています
本棚に追加
店の火薬を持ち出すは、大切な源右衛門の怪我の原因をつくるは、手に余っている小僧だ。
「確かに清七ならうちの子供だ」
弥兵衛は表情を変えずに応える。
また、清七が何かをしでかしたのか、という思いが走る。
「前置きなしで言うが…」
と言った瞬間、十兵衛の瞳が光を放った。
「そいつを貰いてえんだ」
聞いた弥兵衛は言葉を詰まらせた。
このやくざ者、清七を貰いてえってと言ったな、と反芻する。
弥兵衛が唾を飲み込んでいる間に、十兵衛が懐に手を入れて話し始めた。
「まあ、聞いてくれ。俺には子どもがいねえ。こんな組でも牛込小日向で十五町分のシマを預かっている。自慢にならねえが、今では若けえのを十人抱えるようになった。清七ってのはこの稼業に入れば見込みがある。ここは清七のためにも俺の話を聞いてみねえか。そうすれば千両はすぐにでも耳をそろえる」
言い終わると、十兵衛は懐から手を出して両手をついた。
弥兵衛は戸惑った。
「すぐには返事はできねえ。出直してもらおうか」
弥兵衛の言葉に、十兵衛は満足そうに頷いた。
それからまもなくして、源右衛門は床から上がった。
待ち受けていた現実は残酷極まりないものであった。
花火師から腕を奪ったら何も残らねえ…
源右衛門は日に日にそれを感じ入っていた。片手では竹も裂けなければ、薬研も引けねえ。線香花火だって縒れねえ…
いっそのこと死んじまったほうがよかったのかもしれねえ…
そんな源右衛門の気もちが伝わり、店中の空気が余計に湿っぽくなった。
湿っぽくなったのは店だけではなかった。江戸の人々は、まだ夏が終わったばかりだと言うのに来年の花火の噂を始めた。
鍵屋の売れっ子花技師の源右衛門が引退した。
鍵屋はもうおしまいだ。
もう花火は期待できない。
最初のコメントを投稿しよう!