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しかしそれでも弥兵衛には腑に落ちない。清七くらいの小僧はどこにでもいるだろうという顔を浮かべている。
「いや、それだけじゃあねえ。うまく言えねえのですが、あいつにはそれだけじゃねえ何かを感じる」
「・・・」
「親父、あっしに時間をくれやせんか。三年、いや二年で奴を仕込んで見やせやす。それでだめなら親父の好きなようにすればいい」
弥兵衛にしてみれば、清七のことはともかく、すっかり落ち込んでいた源右衛門が、目の色を変えたことに救いを得た気分であった。
鍵屋は今、どん底だ。世間では「両国の花火はもうだめだ」と噂され、店では期待の職人の席が空いてしまっている。
何とかしなければならない…
「お前(めえ)がそれほどまでに言うのであれば、時間をくれてやろう。ただし、だ。このことは決して清七にしゃべってはならねえ。約束だ」
「わかっておりやす」
翌日から源右衛門は自分の席に清七を座らせて、横についた。そこは正場である。雑場の若い者たちは黒目を丸くしてそれを見た。
特に清七よりも年嵩の松蔵、平作、竜太の三人の目は険しかった。
松蔵と平作は十九歳、竜太は二十歳であり、清七よりも四つ、五つ年上だ。
戸惑ったのは当の清七だった。
どうして源右衛門兄貴は俺だけを正場に上げるのだ。
その上、弥兵衛父さんも何も言わない。
が、清七にそれを問いかける余裕はなかった。毎日、明け五つから暮れの六つまで、昼の休憩以外は、源右衛門が清七の横から離れることはない。四六時中、差し込むような眼差(まなざ)しが清七の手つきに厳しく注がれている。道具の扱い方が少しでも源右衛門の意に沿わなければ、声より先に拳が飛んでくる。作業場の空気は突如として張り詰めたものへと変わった。
そんな日々を送っていくうちに、少しづつ清七の恵まれた天稟が頭をもたげてくる。
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