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清七はといえば、そんな源右衛門の気もちを知る由(よし)もなく、一心不乱に仕事にのめりこんだ。その目にはひとつの迷いも見られない。顔はいつでも火薬の粉に塗れ、爪の隙間には火薬の粉で真っ黒だった。
源右衛門の過剰とも思われる要求にも必死に喰らいつき、いつの間にかその要求を満たしてしまう。
それでも源右衛門の一途な性格の中にわずかな焦りが芽生えていた。
そもそも一人前の花火師になるための修行はそんなに容易いものではない。線香花火五年、手牡丹三年の修行といわれる。そこまでが小僧が雑場で覚える作業である。正場に上がって打ち上げ花火を習い初めても火薬を微塵にする薬研引きと、打ち上げ花火の枠を作る玉貼りという地道な作業を覚えるだけで、普通は三年はかかる。
そのうえ、花火は手先の器用さだけでは作れない。職人の人間味がそのまま花火に顕れる。それだけの人生の苦楽を積んでいなければ人の心を捕らえる花火を作ることはできないのだ。
二年で一人前の花火師に―。
それを思うたびに、源右衛門は不安の思いを噛みしめるのであった。
寛政十一年の夏が来た。
清七の作った花火が人前に披露できるようになるまでにはまだ時間が必要だった。
この年、鍵屋は源右衛門の花火抜きで川開きを迎えなければならなかった。
弥兵衛は何日も前から不安で眠れぬ夜を過ごしていた。
源右衛門の事故のことは世間に知れ渡っており、徒(ただ)でさえ鍵屋に向けられる目は厳しい。果たして人々を魅了する花火を上げることができるのか。
果たして川開きの晩が終わると、弥兵衛の不安は現実のものとなった。
大橋の群集は正直だった。
いつもであれば、沸き立つように上がるどよめきが、その晩はなかった。一年ぶりの花火に皆、目を輝かせているものの、心を揺さぶる何かが足りない。
「もっとでかいのやれ!」
「けちけちするな!」
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