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「佐太郎兄さんは花火作りが上手だね」
弟に褒められて、佐太郎が照れる。
「もう一本いくか。清七、今度は、お前がやっていいぞ」
清七は佐太郎から線香花火を受け取り、緊張しながらもぐさから火をとった。
シュルルル…、パチ、パチ、パチパチバチ…。
はじける松の枝が二人の心を溶かしてゆく。
瞬く間に五本が終わった。
「今度、また作ってくるからな」
清七は酔いの抜けない顔でうなずいた。
翌日、手習い所が終わり、屋敷を出たところで佐太郎を呼び止める声があった。
声の主は柳橋料亭のゐな垣の次男、文次郎だ。
「おい、佐太郎。昨日は川岸でおもしろいことをやっていたそうじゃないか。こいつが見たんだぜ」
親指で後ろを指す。背中に手下の権造がいる。権造は背丈は五尺三寸、目方は十五貫はあろう。子どもの中では図抜けた体格だ。清七らには仁王が立っている様にみえる。
佐太郎の小さな目が怯えの色に変わった。が、清七の手前、情けないところは見せられない。
「う、うるさい。お、お前たちに、み、見せるものじゃないんだぞ」
そうは言ったものの、声が鼻から抜けている。
「けちけちするなよな。一緒に見せてくれたっていいじゃねえか」
文次郎がぐいっと顔を近づけた。佐太郎は思わず顔を背ける。
「だ、だめだ。あれはもうやらねえ。や、やらねえんだから見せたくたって、見せられねえ」
佐太郎の強がりに、権造が野太い声を出した。
「嘘をつけ! お前、『また作ってくるからな』って言ってたじゃねえか。俺はちゃんと聞いた」
文次郎は佐太郎に迫り、着物の襟首を両手で持ち上げた。
「え、どうなんだよ。嘘はいけねえよ。嘘はいけねえってお師匠にも言われてるよな。どうだい、今度は俺達にも花火を見せてくれるよな」
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