瞳に咲く花

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 佐太郎は体格そのものは太めだが、喧嘩はからっきしだめだ。おむすびのような色白の顔が今にも崩れそうだ。  どうみても佐太郎兄貴の分が悪い。 清七にとっては歳が二つ上級の者たちのやり取りだ。力でも言葉でもとても歯がたちそうにない。  文次郎はこれみよがしに、自分よりも身体の大きな佐太郎の襟首をぐいぐいと持ち上げる。佐太郎の踵が地面を離れ、つま先立ちになっている。横に権造がいるだけに気もちが完全に佐太郎を乗り越えている。 佐太郎の顔が一層、恐怖でひきつった。 「わ、わかったよ。花火を持ってくる。持ってくるからその手を離してくれよ」  佐太郎は頼み込むようにして、ようやく放してもらった。 「楽しみにしてるぜ。必ず持って来いよな」 文次郎は佐太郎を上目で睨みつけながらそう言い、権造を引き連れて去った。 佐太郎はばつが悪そうに清七へ言った。 「ちきしょう、あいつら憶えていろ。清七、このことは父さんや母さんに言うんじゃねえぞ」 佐太郎の吐息混じりの声は芯が抜けていた。  翌日、手習い所の部屋に入るとき。 清七が何気なく部屋を見渡すと、文次郎と目があってしまった。文次郎が不気味な笑みを向けた。清七は逃げるように、目を逸らした。文次郎の横には必ず権造がいるので、始末が悪い。  佐太郎は文次郎らから逃げるように、いつもの端のほうに自分の膳を置く。 清七は通い始めてまもなく、部屋の中の勢力図を理解した。 師匠の近くには武家の息子や豪商の子供が陣取っている。その後方に発言力の強い子供やその子供らに媚を売っている連中が集まっている。文次郎はここの中心人物だ。佐太郎や清七の場所は、最も師匠から遠い入り口付近だ。
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