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「なあ、俺たち同じ手習い所の仲間だろう。明日こそ持ってこいよな。そしたら俺たち本物の仲間になれるぜ」
文次郎は背伸びをして、嫌がる佐太郎の耳元でわざと甘い声を出した。清七は怯えながらそれを見ていた。まるで渡世人だ。どこでこんな脅し文句を覚えたのだろう。
「明日までになんとかしなくちゃ」
佐太郎が帰り道で呟くように言う。
清七も同じ思いだった。文次郎の目は焦れていた。明日までになんとか花火を用意しなくては何をされるかわからない。
「今日の夜、さ、作業場に入って火薬を持ってくるからお前は作業場の外で大人が来ないか、み、見張っているんだ」
清七は頷いた。
作業場では、その日に必要な分の火薬だけを麻袋から仕分け箱に出して使っている。日々、使った量の目方が記録され、算盤を入れて、厳重に管理されている。
暮れ六つの鐘が両国の夕空に流れた。
鍵屋から通いの職人が帰っていくと、住み込みの職人らの夕餉となった。
それが終わると鍵屋の職人達は思い思いの時間を過ごす。
佐太郎は父親の弥兵衛が出かけてゆき、母親と妹が膳の片づけを始めたのを確認した。
清七を呼び、店の作業場へと向かった。
「お前、ここで見張っていろ。人が来たら咳をして合図をするんだ」
清七は不安そうなまなざしで頷いた。見つかればただでは済まされない。
店の小僧が受けるお仕置きで最も重いのが、「晩飯抜きの夜通し座り」だ。この罰を命ぜられると夏であれば店の外で夜通し座って反省しなければならない。夜中の表は野犬や渡世人がうろついている。その中にひとりで放り出されるのだ。清七も佐太郎も実際にやらされたことはない。
ひょっとすると見つかれば、「夜通し座り」では済まされないかもしれない。なにしろ火薬に手を着けるのだ。
清七は怖かった。胸がぎゅぎゅうと音のなるほど締め付けられる気分だった。
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