瞳に咲く花

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―詳しく調べてみましたが、伊坂奉行が帳簿外の火薬を生み出し、裏から玉屋へ廻していることは間違えありません。  源右衛門の耳朶には、下泉同心のその言葉がべっとりと張り付いている。 玉屋の間取りは源右衛門にも分かっていた。家屋と家屋の間の隙間に身体を入れ、勝手口の方へと回った。  さあ、お前達の好物の砂糖がこのすぐ裏の神棚にあるからね。  源右衛門は風呂敷の中のねずみたちに語りかける。それぞれのねずみの背中には火薬を練りこんだ三尺ほどの縄が括り付けられている。  建付けの緩んでいる壁板を思い切って引っ張ると拳ほどの隙間ができた。あらかじめ調べておいた場所だ。  源右衛門は不自由な左手をたくみに使って、一本、一本と順に、ねずみの背中の縄に火を入れた。 ねずみは源右衛門の手から逃れ、一匹、また一匹と隙間の中の闇へと滑り込んでいった。  源右衛門は急ぎ足で鍵屋へと戻った。    源右衛門は自室の闇の中で眼を見開いてその時を待った。  眼の奥で清七の花火が音もなくはじける。 いくつ目かの花火がはじけた時だった。 空を破るような激しい爆発音が両国の街を揺らした。 それを聞いて、源右衛門は玉屋へと走った。あらかじめ用意していた鳶口を手にしている。 「火だ!火が出ている!逃げろ!」  源右衛門が鍵屋の引き戸をたたき割り、宅内へと侵入する。 「逃げろ! 早く逃げるんだ!」  腰を抜かした玉屋の職人達がもうもうと立ち上る煙の中から這い出てきた。  清七は亡者のような目で、おみよとおしのを両肩に抱えて、階下に降りてきた。  火は広がり、作業場にも火が達した。再び、爆発音がとどろく。

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