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第一章 変人少女はソフトクリームを完食できない? ピンクストームの襲来
季節は春。
東城高校の桜はすでに散り、二年一組の教室の窓からは桜の花を観賞することはできなくなっていた。
そんな中、ショートホームルーム前の二年一組の教室では、まだキレイな状態の桜の花びらが舞う、という異常事態が発生していた。
どうしてこんなことになったのか。
それは退屈が苦手な男子生徒、遠山凪の隣の席にいる変人、北埜奏という黒髪美少女の女子生徒が起こしたことだった。
奏いわく、土日に家族旅行に出かけたらしく、今が桜の見頃の北海道で、まだ散ったばかりの桜の花をトングで何時間もかけて拾っては大量に集めたそうだ。
そして月曜日の今日――ちょうどその日の朝は春の嵐が発生していた。
ということは暴風の日であり、当然、窓を開ければ、教室内に猛烈な風が入ってくる。
今日、この日に春の嵐が発生することを、奏は天気予報で前もって知っていたのだ、と凪は確信する。
そう、奏は今日この日のために北海道へ家族旅行に行き、散って間もない桜の花びらを大量に集め、集めた桜の花びらを教室の床にばらまき、この教室と春の嵐で風が吹きすさんでいる外とを繋ぐゲートを開いては、教室内にピンクストームとパニックをもたらした。
感服、と凪は悲鳴と怒号が飛び交う教室の様子を眺めながら、うんうんとうなずく。
凪が感服しているあいだにも、奏は混沌と化した教室で演説するのをやめない。
「諸君、桜だ……否、桜の嵐だ!
先ほども言ったようにだね、これはわたしが北海道へ家族旅行した際、トングで一枚一枚、丁寧に拾った散ったばかりの桜の花びら……わたしにとって、そんな桜の花びらたちは娘に等しい。
あぁ、なんて美しい光景……わたしは今、非常に感動しているよ、諸君。
さぁ、愛おしい娘たちよ、存分に舞うがいい!」
奏は学校机に右足を載せながら両腕を大きく広げ、高らかに笑う。
「ねえ、北埜さん」
凪が呼ぶと、奏は上機嫌な様子で「何かな、男子生徒Aくん」と振り向いた。
クリッとした目を持つショートボブヘアの奏は、高校二年生の平均身長と同じくらいの中背。
そんな奏は暖かな春にも関わらず、真っ黒なニーハイを履いていた。
男子生徒Aくんは余計だ、と思いながらも、凪はこんなにも素晴らしいショーを用意した奏に感謝の思いを伝えるため、
「なかなか良かったよ、桜の嵐。ありがとね」
とお礼を言った。
ハッとしたように奏が凪を食い入るように見つめた、まさにそのとき。
凪たちの容姿端麗の担任教師、竹原美麗が何人かの生徒とともに、教室の窓を次々と閉めた。
瞬く間に、教室は静けさを取り戻した。
それは教室に入ってくる風がなくなって桜吹雪がやんだからというよりも、生徒たちから「毒舌女教師」と恐れられている美麗が、怒っているのか笑っているのかよく分からない恐ろしい形相で立っているからだと、凪は察した。
今や、美麗のロングヘアの黒髪は教室にいる誰よりもボサボサに乱れ、ブラウスとパンツは桜の花びらがいくつかくっついていた。
さすがの変人の奏も、閉口……と思いきや。
奏は学校机に足を載せるのをやめると、美麗に向き直り、「ふっ」と笑った。
「竹原教諭、最近婚活はどうだね。今年で三十路になる独身女性の婚活は……どうだろう、順調かな?」
「黙れ。今の貴様の言葉を聞いただけで、あたしは気が狂いそうになる。もっとも、桜の花びらが散乱としているこの教室にいるだけで、あたしはとうにあたしでなくなっているかもしれないがな」
「そのとおりなのだよ、竹原教諭。悲しいかな、あなたはもはやあなたではなくなっている。今の教諭は、たとえるなら……そう、猛獣!」
「……き、北埜ぉ!」
「ふむ……?」
「大雑把でいいから、貴様にこの教室の掃除と片づけを命じる!」
「ふむ……!」
「加えて、それが終わったら、職員室にまで来い。そこでは我が校の校長とわたしと貴様の両親が待っている。今日という今日は、こってり油を絞ってやる」
「わお!」
「アディオス! 良い一日を」
「くっくっくっ……燃えてきたよ、諸君!」
うおお、と奏は叫びながら、教室の掃除と片づけの準備に入る。
美麗は奏からプイッと顔をそらすと、美麗を除いた教室にいる全員に「お前たちはこの教室がキレイになるまで、多目的教室で待機していなさい。具合が悪くなった者は、必ずあたしにまで伝えるように」と指示を出し、自分はさっさと教室から出て行こうとする。
その美麗を、凪は呼び止めた。
「なんだ、遠山。具合でも悪いのか?」
「……教室の掃除と片づけ、ぼくも北埜さんを手伝います」
単刀直入。
凪が見たところ、精神的なショックのためか、美麗は何秒間も息を止めているように見えた。
凪と美麗の視線が交差する。
その後、美麗は大きく呼吸をし、「……そうか。それは残念だ」と悲しそうに目を伏せながら言うと、先ほどとは打って変わった萎れた様子で、生徒たちに交じり、今度こそ教室から出て行く。
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