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カゲちゃん事件
こうして教室に残ったのは、凪と奏の二人……のほかに、もう一人。
凪は女子生徒の席にある私物を漁るベレー帽を被った長身の男子生徒、黒原彰人に白い目を向けた。
「で、きみは何がしたいの、変態彰人くん」
ギョロ目の彰人はギョロッと凪をにらみながら、シッと人差し指を口に当てた。
「うるさいぞ、遠山氏。少しは声を低めろ。これは捜査だ。
決して女子の私物を漁っているわけではない。やましいことなんて、断じておれは……ぎょええ!」
突然、彰人が悲鳴を上げたので、思わず凪は彰人のほうに駆け寄った。
「どうしたの、変態彰人くん?」
「ポーチの表面に毛虫が……オエッ」
「なんだ、毛虫か」
「むむっ? いやいや、毛虫だぞ、毛虫。女子のポーチの表面に毛虫だぞ、遠山氏。
――正気か、この出席番号二十七番の氷室氏は……まったく、どうやらおれはとんだ事件に巻き込まれてしまったようだな」
そのとき、凪たちの後ろで教室の掃除と片づけをしていた奏が、不意に噴き出した。
凪と彰人は同じタイミングで、後ろを振り返った。
なおもクツクツと笑う奏に向かって、彰人は人差し指を向け、冷たく言い放つ。
「何を笑うか、北埜氏。きみはさっさと教室の掃除と片づけをして、早いところ毒舌女教師から説教でも受けてくるのがベストだ。ゆえに笑う暇なんて、まるでないだろうに」
「カゲちゃん」
「……は? なんのことだ、そのカゲちゃんという名前は」
「カゲちゃんだよ、男子生徒Bくん」
「だ、だからなんなんだ、その気持ち悪い名前は……なんだか鳥肌が立ってきたぞ。そしておれを男子生徒Bくんと呼ぶのはやめろ。というか、そもそも男子生徒Aくんはいるのか?」
「カゲちゃんとは、毛虫の名前だよ。そしてカゲちゃんを連れてきたのは、このわたしだ。桜の花びらにくっついていたから、そのまま一緒に連れてきたのさ」
「うっ、オエエ……」
彰人は心底気持ち悪いというように、青ざめた様子で胸を押さえた。
凪は毛虫がくっついているポーチをヒョイとつかむと、何も言わずに教室から出て、一時限目の授業開始のチャイムが鳴り響く中、校舎三階から一階に下りる。
昇降口に置いてある観葉植物の植木鉢に近づいた凪は、そっと毛虫を葉っぱに近づけ、毛虫が葉っぱに移動するのを待った。
「これでよし、と」
一仕事を終えた凪は、ゆっくりと階段を上って、二年一組の教室に戻った。
教室があらゆるもので散らかっているのは知っていたが、それでも荒れた教室を見るなり、凪はギョッとする。
二年一組の教室は暴風のため物が散らかり、たくさんの桜の花びらたちは安らかに床で眠っていた。
それを見て、凪は先ほどの夢のようなショーが、現実にあったことを再確認する。
奏は黙々と教室の掃除と片づけをしていて、相変わらず彰人はドサクサに紛れ、女子の私物を漁っていた。
凪はそっとポーチを元の場所に戻し、それからは奏を手伝った。
凪が散らばったプリントを集めていると、不意に彰人が「捜査も飽きたな」とつぶやき、彼もまた奏を手伝う。
途中、何人かの生徒が水筒やら私物を取りに教室に戻ったが、凪たちはそれには目もくれず、自分たちのすべきことに集中していた。
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