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復讐宣言
昼休み。
母親が作った弁当を完食した凪の元に、凪と彰人が所属している同好会――「東城交流の会」の新入部員の一年生の小柄な女子生徒、島崎桜がやってきた。
桜はセミショートヘアの髪を撫でながら、凪の座る席の前に現れた。
「やっほー、凧先輩。元気ですか~?」
名前を間違えられ、ムッとする凪。
「凧じゃない、凪」
「あれれ、そうでしたっけ? 漢字が似ているから、間違えちゃいました」
えへへ、とかわいらしく笑う桜だが、彼女は凪と会うたびに凪の名前を「凧」と間違えていた。
わざとだろうか、と凪は桜を疑った。
「そろそろ名前、覚えてくれないかな、島崎さん。ぼくたち、同じ同好会のメンバーなんだし」
「それが必要であるならば、覚えておきますね~、凧」
「……先輩、は?」
「じゃあ、凧先輩」
「凧じゃない、凪。……あっ、ちょっと待って、これもしかしてループする感じ?」
「それが必要であるならば、ループしておきますね~、凧」
「凪先輩!」
凪が涙を浮かべながら叫ぶと、負けずと桜も目に涙をたたえながら、「凧!」と叫んだ。
それで凪も言い返した。
「凪!」
と。
これを聞いていた彰人が二人のそばにやってきて、目をギラつかせながら、「桜!」とどさくさに紛れ、桜を呼び捨てにした。
桜はさっと青ざめた。
「だ、誰ですか、あなたは……さては学校一の変態ですか?」
凪はコホンと咳払いをすると、彰人を手で示しながら彼の紹介をした。
「彼は確かに変態だけど、それでもぼくたちの同好会の会長だよ、島崎さん。黒原彰人くん、だね。
……っていうか、本当に色々と覚えてないの、きみ? 歓迎会、したよね」
「いかにも。おれは会長の黒原彰人だ。もう思い出したことだろうな、島崎氏?」
彰人は桜の顔を覗きこむと、ニカッと笑った。
桜はふんふんとうなずく。
「どうだ、島崎氏……おれのこと、そろそろ思い出したのではないか?」
桜はというと、このように言葉を返した。
「はい、もちろん覚えていますよ~。
そう、確かあなたは一年生の女子トイレに堂々と忍び込んで、すべての個室に芳香剤を置き、洗面台にいた女子生徒にお辞儀して、堂々と女子トイレから出て行った、あの黒原彰人さんですよね?
覚えていますよ、一年生の女子のあいだでは、伝説級に有名な変態ですから」
彰人はベレー帽に触れてから、腕を組む。
「ほう……ということは、きみはあのとき洗面台にいた……?」
「えっ、彰人くん?」
「はい、そのとき黒原さんにお辞儀されて腰を抜かしていた島崎桜ですよ~。お忘れになっていましたか?」
「ふん、新入部員の書記兼会計の分際で、やたら副会長の凪に懐き、会長のおれを遠ざけていたんで、不思議に思っていたが……なるほど、そういうことか」
「うわっ、彰人くん!」
「ちなみにですけど、密かにわたし、黒原さんに復讐しようと考えているので、どうかお気をつけてくださいね。割とガチめで復讐しますんで。
まあ、そのために黒原さんたちの同好会に入りましたね、実を言うと」
「望むところだ、島崎氏。ならば、おれもうかうかしていられないな……今すぐにでも、島崎氏のハートを撃ち抜かねば」
彰人は指で銃を撃つポーズをするが、桜はうっとうしそうにその手を叩いた。
「安心してください、わたしがあなたを好きになるなんてこと、まずないですから」
「そういう逆境にこそ、男は一層と燃え上がるのだな」
「ふふっ」
「くくっ」
「……島崎さん、それでぼくに何か用?」
馬鹿馬鹿しくて見ていられなくなった凪は、桜に用件を訊くことにした。
あわてて桜は凪に向き直った。
「そうでした、すっかり忘れてました~。そうです、ここのクラスに北埜奏先輩がいると聞いたんですが、奏先輩はどこにいますかね」
凪は目を丸くした。
「北埜さん? あぁ、北埜さんなら、さっき早退したよ」
「早退ですかぁ。具合でも悪かったんですかね?」
「うーん……具合は良かったんだけど、素行が悪かったから、とでも言おうか。
昼休みによく振った炭酸水のペットボトルを盛大に開けて、教室のみんなをパニックにさせたんだ。
そうしたら彼女、担任教師の竹原先生が教室に駆けつける前に、チョークで黒板に『北埜奏、早退』と書いてから、大笑いしながら早退していったよ」
途中、凪は黒板に書かれた奏からの伝言を指差しながら、桜に説明した。
桜は黒板のほうを見ながら、「面白い方ですねぇ、奏先輩という人は」とブレザーの右ポケットからスマートフォンを取り出すと、何やら声を出しながらメモを取り始めた。
それを見ていた彰人は顎に手をやると、「どうやら北埜氏に興味を持っているようだな、島崎氏。一体、いきなりどうしたというのか」と凪も感じていた疑問を口にする。
「えーっとですね……ちょっと待ってください、もうすぐ終わるので」
桜はメモを打ち終わると、目を輝かせながら、凪の机を叩いた。
「これ、わたしの親友の叶夢っちが仕入れた情報なんですけど、どうやら奏先輩の前でお金が欲しい、って言うと、お金をくれるらしいんですよ~」
「……もしかして島崎さん、北埜さんにお金をたかろうと思ってる?」
凪は目を細める。
「あれれ、そんなこと、誰が言いました? わたしはですね、お金が欲しい、って奏先輩につぶやくだけですよ。そしたら、タダでお金がもらえるんです」
「新手の強請りだね。ほんと悪質だ」
「そんなに褒めても、もらったお金はわたしの物ですよ、凪先輩」
「誰も欲しいとは言ってない。もっと言うと、それだけできみにお金をポンと渡すほど、北埜さんも馬鹿じゃないでしょ。初対面の人間にお金をやるほど、彼女はおかしな人じゃないよ」
それだけは自信を持って言える、と凪は付け足す。
「んー……さては凪先輩、奏先輩からお金をもらって……?」
「ない」
「そうですか。まあ、いいですよ。最近、金欠になってきたんで、見事、奏先輩からお金を強請ってきますから」
「彰人くんだけじゃなく、きみも下劣だね。というか、とうとう強請るって言ったね」
「なんとでも言ってください、結局は世の中、お金なんですから」
ここぞとばかり、彰人は「どうだろうか、島崎氏……月々数千円出す代わりに、このおれを彼氏にしてみないか」としゃしゃり出てくる。
桜は冷めた目で彰人を見ると、「間に合ってます」とバッサリ切り捨てる。
それからまもなくして、桜は一年生の教室に戻っていった。
昼休みが終わる直前、彰人の独り言――「十万円お金が欲しいと言ったら、果たしてあいつは十万円をおれにくれるだろうか」という言葉を聞いてしまったので、凪は授業が始まってからも、鳥肌が止まらなかった。
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