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懐かしき友は変人を探し中
これまた懐かしい人物に出会った、と凪は目を丸くした。
自宅から最寄り駅の睦月駅改札――そこで凪は小中学校をともにした旧友、青柳琉歌とばったり会ったことで、先ほどまでのイライラは流れ星のように消え去っていた。
セミロングの黒髪の長身の琉歌は、青のワンピースという私服姿。
琉歌は物腰が柔らかく、小顔な彼女の切れ長の目で「大丈夫?」と心配された暁には、エナジードリンクのように気分がシャキッとする、という凪の仮説は間違っていないだろう。
このときも、その仮説は正しいと証明された。
「凪くん、顔色悪いけど、大丈夫?」
「うん、大丈夫だよ。今このときだけは大丈夫。今のぼくなら、月でも壊せそうなくらいに大丈夫」
「ふふっ、それは大丈夫って言わないんじゃないかな。まっ、いっか。凪くんが大丈夫なら、安心したよ。元気が一番だもんね」
琉歌はかわいらしく両手でガッツポーズをした。
凪も琉歌と同じように両手でガッツポーズすると、うんうんとうなずく。
そのとき、凪は疑問に思うことがあった。
「そういえば、今日は春の嵐で風が強いけど、その……ワンピース姿で平気なの?」
琉歌は顔を赤くして笑った。
「えへへ、やっちゃった」
「やっちゃいすぎでは……? そもそも、今日は朝からこんな強風なのに、なんでまたワンピースでお出かけを?」
琉歌の表情がいたずらっ子の顔になる。
「あのね、近頃ずっと退屈だったの。そうなると、今日の春の嵐は刺激的なことが起こる前触れかな、って思ってね。
ようやくわたしの日常が始まるんだ、って思ったら、ついワンピース姿で出かけちゃった」
そうなのだ、と凪は琉歌の独特な考えを思い出す。
凪は退屈なことが苦手で、刺激的なことが好きな高校生だが、小中学校ともに凪と遊んできた高校生の琉歌はそうではなかった。
琉歌は退屈こそ非日常で、退屈は刺激的なことが起こる前触れと考えている。
刺激的な日々こそ日常――それが琉歌の独特な考えだった。
「ってか、琉歌さん、学校は? 確か、名門の女子校……西倫女子高等学校に通っているんだよね」
「うん、そうだよ。でもね、ある特別な事情で、今日から学生寮を離れることになって、それも少しのあいだ休学になるの」
「……なんだか嫌な予感がする」
凪が沈んだ顔をすると、琉歌はクスクスと笑った。
「大したことじゃないってば。ただ……」
「ただ?」
「わたしね、今変人を探しているんだよね。それもとびっきりの変人。なんでか分かる?」
「……分かりません。というか、分かりたくもないでふ」
凪の沈鬱とした表情には気づかず、琉歌は嬉々として変人を探している理由を語った。
「わたし、変人とソフトクリームの研究をしていてね……わたしが変人を探しているのは、わたしの変人研究の材料にするためなのよ。
そう、わたしの研究では、変人はソフトクリームを完食することはできない、はずなの。
変人がソフトクリームを完食できない理由は、変人とソフトクリームは相性が悪いから。
変人はソフトクリームを最後まで味わえず、その際は何かしらアクシデントが起こってしまう。
ソフトクリームを落としたり、ソフトクリームを何かにぶつけて食べられなくなったり、とにかく相性が良くないから、完食は不可能なのよ」
それを聞いて、とある変人少女がアイスクリーム味の飴玉をなめていたことを思い出す。
「じゃあ、変人はアイスクリーム味の飴玉は舐められるわけ?」
「もちろん。あれはあくまでも飴玉であって、オリジナルのソフトクリームではないもの。
そもそも変人はソフトクリームを完食できないからこそ、ソフトクリーム味の飴玉を舐めるのだから……あれ、わたしの研究内容、どうして凪くんが知っているの?」
「さあ……どうしてだろうか。それはぼくが聞きたいくらいだよ」
「そっか、不思議だね」
「うん」
「というかさ、凪くん」
「うん?」
「大量の汗をかいているけど、大丈夫……? 具合が悪いなら、駅員さん呼ぶよ?」
「あっはっはっ……なんのこれしき」
凪はスラックスのポケットからハンカチを取り出し、汗をぬぐった。
ハンカチはすぐにぐしょ濡れになった。
琉歌は凪の顔を覗きこみ、「本当に大丈夫かな……?」と今にも泣きだしてしまいそうな瞳で心配する。
凪はうんともすんとも言えず、沈黙。
その凪の頬を――琉歌は手のひらで撫でた。
本当の意味での思考停止に凪は陥る。
「つらいときこそ、目の前の人の存在を忘れてはダメだよ」
そうだね、と凪は返事をすると同時に、目頭が熱くなる。
今後、裕貴という意味の分からない魔王級の邪魔者が学校生活に関わるとしても、三バカトリオの彰人と桜と美麗が心無い言葉を凪に言い、あざけ笑ったとしても、今の凪には新たな親友、奏や古くからの旧友、琉歌がいる。
無敵にも程がある、と凪は心から笑った。
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