体育館裏の青春問答

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体育館裏の青春問答

 だがしかし、幻冬は職員室には来ていなかった。  しかもそれを確かめたせいで、志貴は職員室にいる中年の男性教師から「ショートホームルームはどうした? 教室に戻りなさい」と注意され、すごすごと職員室をあとにした。  ではあるが、志貴は幻冬のいない教室には戻りたくなかった。  乗りかかった船だ、と志貴は吹っ切れ、このまま幻冬を探すことにした。  果たして、幻冬はどこにいるか。  幻冬を探し、探し、探すこと数十分。  屋外――とうとう志貴は、体育館裏にいる幻冬を見つけた。  志貴が幻冬を見つけたとき、彼は物憂げに空を仰ぎ、今にも風になって消えてしまいそうな雰囲気を漂わせていた。  いつもの幻冬ではないな、と志貴はすぐに察した。  だからこそ、と志貴は仲間の幻冬を励ますため、警察官がするような敬礼のポーズを取り、このようなジョークを口にした。 「わたくしは副機長、東堂志貴であります。機長をお助けするため、ここに参りました。どうかご命令を」  が、すでに幻冬は志貴の存在に気づいていたらしく、驚くことも振り向くこともしなかった。  その代わり、彼は「ふっ」と哀愁漂わせた笑い方をした。 「いやはや、面目ない。お前にも、ついにおれの素顔を見られてしまったらしいな」 「素顔?」  再び、志貴は「これはいつもの幻冬ではない」と感じ、つい幻冬をジロジロと見てしまった。 「そうさ、素顔だ。これがおれの――大宮幻冬の素顔だ。  どうだ、『七三分けの大馬鹿野郎』を演じるおれと違って、今のおれはいかにもクールだとは思わないか?」 「……思わない」 「ふむ。先を続けろ」  先ほどまで儚げに空を仰いでいた幻冬を思い出しながら、志貴は喉から出かかっていた言葉を吐き出した。 「いつものお前は、それはそれはゾッとするほどに青春を謳歌していたよ。お前のそういうところ、おれは好きだった。励まされた。尊敬した。  そうさ、これ以上ないくらい『えっち会』にふさわしい漢だったよ、お前は。  けどよ、今のお前は……青春とは程遠いところにいる。この学校生活をつまらないものと見なしている。  つまりだ……今のお前はクールな男なんかじゃない。  つまらない男で、つまらないことで青春を腐らしている、ただの大馬鹿野郎だ」  この志貴の言葉、どうやら幻冬を目覚めさせたらしい。  これならば、いつもの幻冬に戻るだろう、と志貴は予想した。  実際、志貴の予想から数秒後、幻冬は「ふはは……この幻冬め、正気になりましたぞ」と元気いっぱいに笑ってみせた。  志貴が安堵するのもつかの間、急に幻冬は顔を曇らせ、 「だがしかし、盟友よ。はっきり言うと、小学生のときのおれは毎日が楽しかった。悪友たちとともに、ヒーロー遊びをするのが楽しかった。  もっと言おう、もっと言わせてくれ、頼む」  と志貴に懇願した。  これはマジメに聞かなければ、と志貴は覚悟すると、うなずき、幻冬と向き合った。  今や幻冬は涙を浮かべていた。 「悪友たちとともに、おれは……おれたちは。  春は誰が一番多く桜の花びらを集めてくるかを競い合い、夏は太陽の強い日射しの中、足裏を焦がさんとする灼熱の大地を駆け回り、秋は心地よい風に守られ、夕暮れの中、好きな子とともにドロケイで遊び、冬は真っ白な雪が地面に積もれば、いつの間にか雪合戦を始め、期間限定の武器である雪玉を好きなだけ投げつけ合い……それは楽しい日々だった。  それなのに……ふん、一方どうだ、中学校というものは。すべてがつまらん。つまらん。  それほどまでに協調性が大事か? 異端は愚かなことか? 主体性や個性はどうなる?  おれたちを縛る邪魔な校則など、そんなものは要らん。おれたちは自由のまま生きる。  そうさ、おれたちはなんのしがらみを持たない子どもだ。  だが、だが……悔しいことに、協調性や規則は大人になるにつれ、大事なものと化す」 「幻冬……」  志貴は友の名を呼んだが、何も励ましの言葉が出てこなく、自分の無力さに腹が立ち、唇を噛み締めた。  幻冬は虚ろな目をしたまま、こう言った。 「おれはな、志貴……大人になることが恐ろしいんだ。怖いんだ、憎いんだ。子どものままでいたい。 そんなおれをあざ笑うかのように、体は成長し、心も発達していく。ふ、ふはは……哀れなものだ」  直後、幻冬の嘆きをあざ笑うかのように、学校のチャイムが鳴った。
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