1人が本棚に入れています
本棚に追加
体育館裏の青春問答
だがしかし、幻冬は職員室には来ていなかった。
しかもそれを確かめたせいで、志貴は職員室にいる中年の男性教師から「ショートホームルームはどうした? 教室に戻りなさい」と注意され、すごすごと職員室をあとにした。
ではあるが、志貴は幻冬のいない教室には戻りたくなかった。
乗りかかった船だ、と志貴は吹っ切れ、このまま幻冬を探すことにした。
果たして、幻冬はどこにいるか。
幻冬を探し、探し、探すこと数十分。
屋外――とうとう志貴は、体育館裏にいる幻冬を見つけた。
志貴が幻冬を見つけたとき、彼は物憂げに空を仰ぎ、今にも風になって消えてしまいそうな雰囲気を漂わせていた。
いつもの幻冬ではないな、と志貴はすぐに察した。
だからこそ、と志貴は仲間の幻冬を励ますため、警察官がするような敬礼のポーズを取り、このようなジョークを口にした。
「わたくしは副機長、東堂志貴であります。機長をお助けするため、ここに参りました。どうかご命令を」
が、すでに幻冬は志貴の存在に気づいていたらしく、驚くことも振り向くこともしなかった。
その代わり、彼は「ふっ」と哀愁漂わせた笑い方をした。
「いやはや、面目ない。お前にも、ついにおれの素顔を見られてしまったらしいな」
「素顔?」
再び、志貴は「これはいつもの幻冬ではない」と感じ、つい幻冬をジロジロと見てしまった。
「そうさ、素顔だ。これがおれの――大宮幻冬の素顔だ。
どうだ、『七三分けの大馬鹿野郎』を演じるおれと違って、今のおれはいかにもクールだとは思わないか?」
「……思わない」
「ふむ。先を続けろ」
先ほどまで儚げに空を仰いでいた幻冬を思い出しながら、志貴は喉から出かかっていた言葉を吐き出した。
「いつものお前は、それはそれはゾッとするほどに青春を謳歌していたよ。お前のそういうところ、おれは好きだった。励まされた。尊敬した。
そうさ、これ以上ないくらい『えっち会』にふさわしい漢だったよ、お前は。
けどよ、今のお前は……青春とは程遠いところにいる。この学校生活をつまらないものと見なしている。
つまりだ……今のお前はクールな男なんかじゃない。
つまらない男で、つまらないことで青春を腐らしている、ただの大馬鹿野郎だ」
この志貴の言葉、どうやら幻冬を目覚めさせたらしい。
これならば、いつもの幻冬に戻るだろう、と志貴は予想した。
実際、志貴の予想から数秒後、幻冬は「ふはは……この幻冬め、正気になりましたぞ」と元気いっぱいに笑ってみせた。
志貴が安堵するのもつかの間、急に幻冬は顔を曇らせ、
「だがしかし、盟友よ。はっきり言うと、小学生のときのおれは毎日が楽しかった。悪友たちとともに、ヒーロー遊びをするのが楽しかった。
もっと言おう、もっと言わせてくれ、頼む」
と志貴に懇願した。
これはマジメに聞かなければ、と志貴は覚悟すると、うなずき、幻冬と向き合った。
今や幻冬は涙を浮かべていた。
「悪友たちとともに、おれは……おれたちは。
春は誰が一番多く桜の花びらを集めてくるかを競い合い、夏は太陽の強い日射しの中、足裏を焦がさんとする灼熱の大地を駆け回り、秋は心地よい風に守られ、夕暮れの中、好きな子とともにドロケイで遊び、冬は真っ白な雪が地面に積もれば、いつの間にか雪合戦を始め、期間限定の武器である雪玉を好きなだけ投げつけ合い……それは楽しい日々だった。
それなのに……ふん、一方どうだ、中学校というものは。すべてがつまらん。つまらん。
それほどまでに協調性が大事か? 異端は愚かなことか? 主体性や個性はどうなる?
おれたちを縛る邪魔な校則など、そんなものは要らん。おれたちは自由のまま生きる。
そうさ、おれたちはなんのしがらみを持たない子どもだ。
だが、だが……悔しいことに、協調性や規則は大人になるにつれ、大事なものと化す」
「幻冬……」
志貴は友の名を呼んだが、何も励ましの言葉が出てこなく、自分の無力さに腹が立ち、唇を噛み締めた。
幻冬は虚ろな目をしたまま、こう言った。
「おれはな、志貴……大人になることが恐ろしいんだ。怖いんだ、憎いんだ。子どものままでいたい。
そんなおれをあざ笑うかのように、体は成長し、心も発達していく。ふ、ふはは……哀れなものだ」
直後、幻冬の嘆きをあざ笑うかのように、学校のチャイムが鳴った。
最初のコメントを投稿しよう!