子どもだから

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子どもだから

 今や志貴の心臓の鼓動は、タンバリンを力任せに打ったときのような酷く不快な鼓動をしていた。  手足は震え、異常に口の中は乾燥し……気づけば、志貴はスクールバッグを放り出し、家を飛び出していた。  先ほどまで陽気に階段を駆け上がっていたのが嘘みたいに、今は怒りや悲しみの気持ちに囚われながら、階段を駆け下りていた。 「なんで、どうして、そんなにも……!」  なんで逃げているのか。  どうして言い返さないのか。  そんなにも嫌われ者なのか。  そう心の中で問う志貴だが、その答えは決まっていた。  弱いから。  臆病だから。  異端だから。  そのように志貴は自分を責めた。  マンションを出て、薄暗い夜道を無我夢中に走り回る志貴。  何十分間走り続けたことだろう、とうとう志貴は息切れで走れなくなり、ペタンと地面に座りこんだ。  呼吸をするたび、徐々に志貴は頭が冷静になるのを感じた。  そして志貴は新しい問いの答えを見つけ出していた。  それは――。 「おれが……子どもだからだ」  この問いの答えは、志貴の心を深く傷つけた。  志貴はむせび泣いた。  志貴が座るこの場所は明かりも少ない細道で、それが余計に志貴の心を寂しくさせた。  そんなときだった。 「もしかして、きみ……志貴、くん?」  少々低めな少女の声。  志貴はビクリとし、恐る恐る顔を上げた。  志貴の目の前に立つ一人の少女。  その人物は――。 「お前……羅奈か」  志貴の同級生、制服姿の羅奈がいた。 「大丈夫、立てる?」  羅奈はスクールバッグを地面に置くと、志貴に手を差し伸ばした。  そんな女神のような羅奈を見た瞬間、志貴は息を呑み、驚きのあまり目を見開いた。  しかし、志貴は羅奈の手を払いのけ、 「一人で立てるよ、馬鹿にすんじゃねえ」  と悪態をつき、腕で涙を拭ったあと、立ち上がろうとした。  が、足に力がうまく入らなく、志貴は無様に尻もちをついてしまう。 「クソッ! 畜生、畜生……!」  志貴の目に悲しみの涙が浮かび、志貴は両手で顔を覆った。  と、そのとき――志貴の背中に何かの感触が。  志貴は顔を覆う手を少しどかし、それが何かを見た。  それは……羅奈の腕だった。  羅奈は地面に両膝をつき、母親のような慈愛さで、志貴を抱きしめていた。  思わぬことだったので、志貴はあっけにとられていた。  羅奈は優しげな声で、志貴に語りかける。 「きみに何があったのか、ボクには分からない。……でもね、ひとつだけ言えることがある。  確かに志貴くんは悪いことをしたし、ボクはきみのことを悪者だとも言った。  けど、今のボクには志貴くんが悪者には見えないし、何か悪いことを企んでいるとも思わない。  しかもね、今の弱り切ったきみを見ていると、ボクは無性に抱きしめたくなる」 「……だから、おれを抱きしめたのかよ」 「そうだよ。何か文句でもある?」 「文句なんて……」  文句なんてあるわけがない、そう志貴は言おうとした。  しかし、その言葉は志貴が感涙にむせんだことで、とうとう口にすることはなかった。
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