案じ合う二人

1/1
前へ
/32ページ
次へ

案じ合う二人

 そのまま時間は流れ、やがて志貴は泣き止んだ。  羅奈は志貴から離れると、地面に横座りし、志貴をじっと見つめる。  羅奈は穏やかな口調で、志貴に「少しは落ち着いた?」と訊いた。  志貴は羅奈の目を見て話そうとしたが、それがどうにも気恥ずかしく、そっぽを向きながら「まあな」と羅奈に返事した。 「そっか。それならよかったよ」  心底安心したような羅奈の声に、思わず志貴は彼女のほうに目を向けた。 「どうしたの?」 「……お前、ほんとお人好しだな。  お前を騙そうとするため、おれはここで泣いていたのかもしれないんだぜ。それなのに、お前ときたら……慰めるだけじゃなく、おれにハグまでしてさ。  お前の見立てどおり、おれは悪者の中の悪者かもしれないんだぞ」  ガオー、と志貴は怪獣のような声を上げ、そのようなポーズを取った。  一方の羅奈はあっけらかんとしていた。 「そんなこと言っても、きみが泣いていたのは事実だよね」 「うっ」  志貴は胸を押さえ、苦しむ真似をする。  羅奈はクスクスと笑ったが、すぐにマジメな顔になる。  それを見て、志貴はおどけるのをやめた。 「あんな泣き方をするのは、よほどのことがあったからに違いない、そうボクは思ったんだ。そう、だからボクはきみを抱きしめた……ううん、きみを抱きしめたかった。  きみが悪者であろうとなかろうと、ボクはきみの悲しみを消したいと思った。……それにね、いつものきみに戻ってほしかったからだよ、志貴くん」  あくまでも羅奈は志貴を励ます役割に徹していた。  またもや志貴は心を揺さぶられ、涙を流すところだったが、今度はこらえた。 「そいつは結構。なぜなら、今のおれは平常に戻ったからな。もう元気いっぱいだぜ」 「ほんとかなぁ。まだまだ元気が足りないように見えるよ、ボクには。だって――」 「親父が言ってたんだ。おれは出来損ないだ、ろくでなしだ、ってな」 「……え?」  羅奈は息を呑み、信じられないとばかりに志貴を凝視する。  志貴は「ふっ」と寂しげに笑った。 「あのクソ親父、それまでおれたち家族のことをほったらかしにしていたくせにさ。  おれの出来の悪さをお袋と姉貴のせいにするなんて、マジ狂ってるぜ。……今にお袋も親父に愛想を尽かして、離婚届を親父に突き出すかも、なーんて」 「……志貴くんの家庭環境、そこまで悪いの、もしかして」  羅奈に言われ、志貴はここ最近の家庭の様子を思い返してみた。  仕事を言い訳にし、家族をほったらかしにする洋介。  傍若無人の洋介のせいで、日に日にやつれていく明日香。  そのような家庭環境のせいでストレスがたまり、幻冬との出会いをきっかけとして、好き放題に学校生活を送る志貴。  そんな家庭環境の中でも、きちんと勉強をするが、毎日のように家族と喧嘩をする蓮華。  東堂家の家庭環境は悪い、そう志貴は結論づけた。  志貴はそれらを羅奈に打ち明けると、羅奈は「そっか」と目を伏せた。 「どこの家庭も、そういう感じなんだね」 「そういうお前の家庭は、どうなんだよ。そっちは……大丈夫なのか?」  羅奈はかぶりを振った。 「古い価値観を持った両親ほど、嫌になるものはないよね。……ボクの一人称って、『ボク』だよね。でも、この一人称を両親はすごく嫌っているんだ。  女性らしくない、そう両親はいつも言うんだよね。  で、その一人称を使うたび、ボクは両親からお仕置きを受ける……そう、こんなふうに」  羅奈は自分の頬を手で軽く叩いてみせた。  志貴は眉をひそめる。 「それ、虐待じゃんか。警察呼べよ」 「うん、そうだね。虐待だね」 「なら……!」 「でもね、志貴くん」  羅奈は大まじめな顔になったかと思えば、いきなり破顔した。 「そんな嫌な両親でも、ボクにとっては大切な両親なんだ。……だからさ、警察とかに通報なんて、ボクにはできない」  志貴は唖然とした。  羅奈は達観していて、立派だ――そう志貴は感心した。  けれど一方では、志貴は大人の思考を持つ羅奈に不快感を持っていた。  そんな志貴の幼稚な思考を吹き飛ばすかのように、羅奈はこうも言った。 「でもね、もしもボクの限界が来たときは、そのときは警察とかには通報しない。そのときはボクが両親を……ふふっ」  その羅奈の言葉は謎があり、そして非常に物騒な言葉だった。  不気味に思った志貴の全身は、いつの間にか粟立っていた。  ゾクリ。  けれど、そんなことはおくびにも出さず、志貴は「それはなんとも頼もしい。お前、絶対立派な女性になるぜ」と羅奈をもてはやした。  羅奈は目を丸くし、そしてニコッとほほ笑んだ。 「志貴くんが元気になって、よかったよ」 「おう、サンキューな。――そして、だ……そろそろおれ、家に戻るよ。  もっとも、今のおれは自宅の鍵を持っていないけど……まあ、どうにかなるだろうよ」 「そっか。なら、家まで送るよ」 「ははっ、ご冗談を」 「え」 「え」  志貴と羅奈は口を半開きにしたまま、それぞれ見つめ合う。  そして、 「マジ、ですか……?」 「マジ、ですよ……?」 「……ははは」 「……あはは」  そのように志貴たちは気まずげに笑い合った。
/32ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加