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まさかの対峙
案の定、屋上前は人気がなく、告白にはうってつけの場所だった。
あまりの静けさに、ぼくは緊張した。
当の遙香さんはぼくがいることに気付いていないのか、何度も壁に頭をぶつけ、何やら呪文のような言葉を唱えていた。
ぼくは声をかけようかどうか、本気で迷った。
遙香さんは自傷行為をするような危ない子では決してなかった。
それなのに一体、どうしたというのだろう。
さてはこれが遙香さんの正体なのだろうか。
だとしたら――いや、だとしても遙香さんはかわいい。
それはおそらく、ぼくが遙香さんのことを好きだから、そんな状態の遙香さんでもかわいいと思えるのだろう。
ぼくが遙香さんを意識し始めたのは、たぶんあの日からだ。
それはぼくらが初めて出会った日、二〇一七年の三月三十日、つまりは四年前のこと。
家の近くの公園、星空公園のベンチで、ぼくは遙香さんを好きになった。
あのとき、遙香さんは星空を見上げながら、涙を流していた(ベンチ周辺は少々暗かったが、確かに遙香さんは泣いていた)。
ぼくの見立てだと、遙香さんは悲しいから泣いていたのではなかった。
きっとそれは星空が美しかったから――満天の星に魅せられたから、彼女は泣いていたのだ。
ぼくは星空を見上げる遙香さんをじっと眺めていたが、ぼくの視線に気付いた遙香さんはこちらを見て妖しく笑うと、再び星空を見上げ、やはり涙を流した。
翌日の朝になると、ぼくはあのときのミステリアスな少女が、新しく隣人になる天野遙香という少女だということを天野家の挨拶で知り、大変驚いた。
そのとき、ぼくは遙香さんにあの夜の出来事を訊いたのだが、彼女は首を横に振り、「知らない」と否定した。
ぼくが遙香さんのことを「ミステリアスな隣人」と認識し、彼女の虜となったのはそれからのことだ。
遙香さんと同じ中学校に通ってからも、それは変わらなかった。
ようやくぼくが遙香さんのことを「ミステリアスな隣人」という認識をなくしたのは、ぼくらが同じ高校で二年生に進級し、初めて同級生になったときからだ。
同級生の遙香さんは、ぼくの知っている隣人の遙香さんとはまるで違っていて、ぼくは驚かされた。
無邪気で明るく、優しげな女子生徒――それが同級生の遙香さんの印象。
だというのに、目の前の彼女は頭を何度も壁にぶつけ、自傷行為をしていた。
痛そうだな、とぼくが眉をひそめたとき、急に遙香さんがこちらを振り返った。
驚きのあまり、ぼくはあとずさった。
「ああ、翔くんか。人が悪いな……いつからそこにいたの?」
壁にぶつけたところが痛むのか、遙香さんは頭を押さえながら、ぼくに訊いてきた。
それでようやく、ぼくは自分が告白されるのだとあらためて実感し、たちまち緊張してしまう。
そんなぼくを見て、遙香さんは見るからにいぶかしんだ。
「そんなに緊張して、どうかしたの? 翔くん、なんだか変だよ」
「…………」
変なのはお互い様だろう、と言いそうになるのをこらえ、そのままぼくは口元を引き締める。
それからどうにか精神を落ち着かせると、ぼくは機嫌悪くしゃべった。
「それはともかく、話ってなんだよ。
仲間と絶縁してまで、ここに来たんだ。話だけは聞いてやるから、まあ言ってみろって」
「仲間と絶縁……?」
さらに遙香さんはいぶかしんだ。
ぼくはじれたが、すぐに心を落ち着かせ、重々しくうなずいてから、「そうだ。こうなったのも、すべてはきみのせいなんだからな」と遙香さんを責めた。
遙香さんは数秒のあいだ、まばたきをせずに固まっていたが、やがて「うん?」と首をかしげた。
どうやら遙香さんという小悪魔は、純情な男をじらすのが得意らしい。
じらすのも作戦のうちとは、よく言ったものだ。
だがしかし、ぼくは遙香さんの作戦には乗らない。
どころか、大きな声で笑ってやろう。
というわけで、ぼくは思い切り笑ってやった。
遙香さんは目を丸くしたが、彼女の動揺はすぐに収まったようだ。
「緊張したり、急に笑ったり……翔くん、情緒不安定なんだね。
保健室、連れて行ってあげようか?」
遙香さんは鼻白んだのか、急に引きつった笑みを浮かべると、ぼくを病人扱いにした。
ぼくは笑うのをやめて、「きみこそ自傷行為なんかして、情緒不安定そうだ。危ない女の子は誰からも嫌われるよ」と遙香さんをにらみつける。
遙香さんも負けずとぼくをにらみ返す。
まさかの対峙。
やがて、これ以上のにらみあいは時間のムダだと判断したのか、遙香さんは咳払いをし、「きょうの放課後、翔くんは恋愛反対運動をやらずに、わたしと下校して」と早口に言った。
今度はぼくがいぶかしむ番だった。
「きみが話したかった内容って、それだけか?」
ぼくが遙香さんに訊くと、彼女は首を横に振った。
「ううん、違うよ。だって話す気力がうせちゃったんだもん。……そう、きみのせいでね」
遙香さんは恨みがこもった言葉を吐き捨てると、プイと顔をそらし、そのまま階段を駆け下りてしまう。
ぼくは呆然とその後ろ姿を見送った。
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