天罰

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天罰

「カレス」に入ったぼくと詩織さんは出迎えてくれた店員に対し、あらかじめ伝えていた人数を一人オーバーすると断ってから、遙香さんが確保してくれた席まで向かった。  幸いにも、ぼくらの席は四人席に二人席をくっつけた六人席のテーブル席だったので、飛び入り参加の詩織さんも座ることができた。  すでに席は大半が埋まっていて、ぼくと飛び入り参加の詩織さん以外は皆、おとなしく着席していた。  遙香さんと徹、環奈と茜の四人は、ぼくと詩織さんを物珍しそうな目で見ると、それぞれ首をかしげるか、眉をひそめるかのどちらかをしてみせた。  若干、ぼくは居心地の悪さを感じた。 「どうしてここに詩織がいるのよ、翔。まさかあなたの彼女さん?」  ジョークだとしたら、笑おうにも笑えない、嫌みだとしたら怒る気にもなれない、そんな環奈の言葉に対して、ぼくはぶるんぶるんと首を横に振った。 「もしかしてお嫁さん? おめでとう、翔くんに詩織ちゃん」  茜の無邪気な言葉を聞き、今度は詩織さんがぶるんぶるんと首を横に振った。 「分かったぞ、翔。こいつは両親のかたきなのだろう? そんでもって、今からお前は詩織とともに決闘をするわけだ」  徹は指をパチンと鳴らし、機嫌よさげにほほ笑んだ。  徹の冗談とも本気ともつかない言葉に対し、茜は「え!」と大げさに驚いた。 「翔くんの両親、詩織ちゃんに殺されちゃったの? そんなことって……」  あるわけないだろう、茜。  ぼくは否定の仕草をする元気に加え、一同に事情を説明する元気もなくし、ただ黙ってテーブル前の場所に突っ立っていた。  見かねた遙香さんは大きなため息をついてから、「どうしてこの場に恋愛反対運動対策委員の詩織がいるの? よければ説明してくれるかな、翔くん」とぼくに説明を求めた。  それで元気を取り戻したぼくは席に座るなり、何も知らぬ遙香さんたちに事情を説明した。  そのあいだ、詩織さんは自分の分のドリンクバーを注文し、澄まし顔でドリンクを取りに行っていた。  詩織さんがオレンジジュースを半分以上飲んだところで、ぼくの説明は終わった。 「まるでストーカーね。詩織、あなたはろくな死に方をしないわよ」  環奈は手厳しく、詩織さんのことを罵った。  詩織さんは眉をひそめると、大げさにため息をついた。 「わたくしのことを悪く言いたいのなら、こちらも止めはしないです。  その代わり、環奈さんが不運な死に方をしても、わたくしはあなたの墓参りには絶対に行きませんからね。  墓参りをしてもいいですが、そのときは墓を蹴られる覚悟でいてください」 「覚悟も何も、そのときのわたしは墓の中にいるじゃないのよ」  環奈は詩織さんからの嫌みに対して、律儀にも言い返した。  そんな律儀さがおかしかったのか、詩織さんは一瞬だけ笑った。  ついでにぼくも笑った。 「……訊いてもいいかしら、翔。一体、何がおかしいの?」  大変なことにも、環奈は怒りの矛先をぼくに向けた。  まずい。  ぼくは誰彼構わず、視線だけで助けを求めた。  すると、茜と目が合う。  ぼくがうなずくと、茜もうなずいた。  あともう少しで、ぼくは「さすがは茜」と言いそうになってしまい、正直焦った。  そのとき、環奈が「答えなさい、翔!」と怒鳴り、テーブルを叩いた。  ぼくは環奈を一瞥してから、茜に目を向け、威張るように咳払いをした。 「茜、愚かな環奈に言ってやりなさい。それが真実なのだと、こやつに言い聞かせてあげるのです」  口調を変えたぼくの言葉を聞くと、茜は元気よくうなずいた。  茜は環奈の名を呼ぶと、真顔で言った。 「翔くんがね、環奈ちゃんは笑えるほどバカだって、さっき目で訴えていたよ」  茜がすべて言い終える前に、環奈はおっかないまなざしでぼくをにらみつけ、こちらに敵意を向けた。  なるほど、これは想定外だ。  いや、天然の茜に一任した結末としては、むしろ想定内だと言ったほうがいいだろう。  どちらにせよ、これはぼくのミスだ。 「そ、それは茜の感想だろう?」  あわててぼくは茜を売ろうとするが、時すでに遅し。  環奈はメロンソーダーが入ったグラスを手に持つと、ゆらりと席から立ち、ぼくが座る席まで近付いてきた。  一体何をしようとしているのか、なぜだか環奈はメロンソーダーが入ったグラスを掲げていた。  その数秒後、遙香さんも環奈と同じようにミックスジュースが入ったグラスを手に持つと、ゆらりと席から立ち、ぼくの座る席まで移動してきた。  両者、ドリンクが入ったグラスを掲げながら、ぼくをにらみつける。  周囲を見ると、ぼくの近くに座っていたメンバーは一人残らず避難していた。  一体、何が始まるのだろう。 「うん? メロンソーダーとミックスジュースだって?」  …………。  なるほど、よく分かった。 「……俗に言う、天罰か」 「正解」  遙香さんの無慈悲な言葉を合図に、ぼくは環奈からメロンソーダーを顔にぶっかけられ、その直後、遙香さんによってミックスジュースを頭上から浴びることになった。  ジュースで溺れかけるという体験は、一生のあいだでもこれが最後だろう。  いや、これで最後にしたいものだ。 「早く顔を洗ってきてね。  ――はい、これハンカチ」  ぼくは遙香さんからハンカチを受け取ると、すぐに自分の全身を軽く拭いた。  その後、駆け付けた店員に全員で頭を下げてから、ぼくはお手洗い場へと向かった。  この時代の女性はたくましい。  そう自分に言い聞かせながら、ぼくはベタベタの顔を水できれいにした。
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