作戦会議

1/1
前へ
/32ページ
次へ

作戦会議

 満腹になったぼくらはデザートを食べることもなく、すぐさま作戦会議に移った。  進行を務めるのは遙香さんだ。 「夏奈についたウソの中にはね、わたしたちの交際はみんなに隠している、というのもあるの。  徹くんたちがわたしたちの交際を知らないのも、無理はないわね。  だって、わたしたちの交際は誰にも知られていないんだもん」 「自分がついたウソを平然と言いますのね、あなた……」  詩織さんは心底あきれたように天を仰いだ。 「おまけにそれが真実だと言わんばかりの口調だしね」  そう言う環奈は遙香さんを一瞥すると、グラスに入ったオレンジジュースを一口飲んだ。 「お前、人から『性格が悪い』とよく言われるだろう? いや、絶対にそう言われているはずだ」  そう徹は自分で言って、自分で大きくうなずいた。  当の遙香さんはというと、彼女はどこ吹く風といった様子で、グラスの中のアイスティーを、スプーンでぐるぐると円を描いていた。 「きみたち、作戦会議に関係のない話はしないようにな」  ぼくは咳払いをすると、三人をたしなめた。  するとそのとき、茜が「え!」と大声を上げた。  何事かと、ぼくらが茜に目を向けた瞬間、彼女は言ってはいけないことを言ってしまう。 「前々から思っていたけど、遙香ちゃんって性格ブスなの?」  場が凍る。  まるでぼくらのいる場所だけが、気まずさの宇宙に放り込まれてしまったかのようだった。 「……きみたち、遙香さんを傷つける言葉は言わないようにな」  ぼくは苦し紛れにそれだけ言った。  遙香さんは必要以上に咳払いをすると、先ほどの話に戻った。 「なので、徹くんたちの役割は簡単。わたしたちの交際を夏奈に訊かれても、『知らなかった』と答えるだけよ」  そのとき、詩織さんが「ちょっと待ってください」と発言した。 「あなたはひょっとして、わたくしにもその役割を押し付けるつもりですか?  わたくしはですね、あなた方の監視という役割があるのです。それを放棄するなど、わたくしには考えられません」 「だったら、今すぐここから消えてくれ。  この作戦会議の発言権は、一致団結した者たちにしか許されない。よって、きみには発言する権利がない。とっとと消えろ」  怒りのあまり、ぼくは詩織さんに声を荒らげていた。  たちまち詩織さんはしゅんとなってしまい、さすがのぼくも良心が痛んだ。  さすがに言い過ぎたか、とぼくは反省し、それからすぐに「とは言うものの、きみはぼくらの監視役だ。というわけで、きみの場合は中立で頼むよ」と言葉を付け加えた。  詩織さんはこくんとうなずき、それから「少々でしゃばりすぎましたね。申し訳ありません」とぼくらに頭を下げた。  うっすらとだが、詩織さんの目には涙が浮かんでいて、ぼくは心の中で詩織さんに土下座をして謝った。  先ほどとは違う気まずさに陥ったぼくらだが、遙香さんは咳払いをすることもなく、落ち着き払った様子で話の続きに戻った。 「けれどこの作戦だけでは、いずれ夏奈にウソがばれてしまうことでしょう。  なので、わたしは第二の作戦を立てることに決めました。それはこうです。  ――わたしの恋人の翔くんは、重要な記憶をすぐに忘れてしまう病気を患っている。……なるほど、我ながら立派な作戦ですね」  遙香さんはうんうんとうなずくと、ぼくの同意を得るためか、こちらの顔を見ながらうなずいてきた。  冗談じゃない。  ぼくは必死に抗議をしたが、こちらの抗議はすべて無視され、ぼくはしょんぼりとした。  ぼくがしょんぼりとしているあいだにも、彼女たちの話は進んでいた。 「おれたちの役割は、翔の病気を肯定すればいいのだな」 「申し訳ありませんが、わたくしは中立の立場を取らせていただきますわね」  徹と詩織さんの言葉を聞いた遙香さんは、満足した様子でうなずいた。 「ちなみにわたしと翔くんだけのプライベートな写真はないから、そこはうまい具合にとぼけましょう」 「それで、次は何かしら。次こそ、恋愛反対運動にふさわしい作戦を立てましょうよ」  環奈は眠いのか、それともこの作戦会議に飽きてきたのか、大きなあくびをしてから、そう冗談交じりに言った。  遙香さんは苦笑すると、首を左右に振った。 「環奈には悪いけど、この作戦会議は低レベルの作戦会議なの。  だから次の作戦を聞いても、環奈の眠気は覚めないと思う」 「むしろ低レベルすぎて、逆に目が覚めるかもな」  徹の冗談を聞いて、すかさず茜が「えっと、結局わたしたちがしている作戦会議には、カフェインって入っているの?」とぼくらに本気で訊いてくる。  当然、ぼくらは茜の言葉をスルーした。 「とんでもなく話が脱線しちゃったけど、次に行きます」  遙香さんの言葉で、ぼくらは気を引き締めるように神妙な面持ちで黙り込んだ。  それに釣られたのか、遙香さんも神妙な顔付きになる。  そんな彼女は眠気も覚めるようなことを言い出した。 「四年前の二〇一七年三月三十日、わたしと翔くんは近所の公園、星空公園で運命的な出会いをした……これは夏奈についたウソのひとつなんだけど、半ば本当の出来事なの。  といっても、本当なのは出来事のことで、運命的な出会いをしたというのはウソだから、そこはよろしくね」
/32ページ

最初のコメントを投稿しよう!

4人が本棚に入れています
本棚に追加