一致団結

1/1
前へ
/32ページ
次へ

一致団結

 なんということだろう。  遙香さんの言葉を聞き、ぼくは四年前のあの日を思い起こした。  あのとき――遙香さんは公園のベンチに座り、満天の星を見上げながら涙を流していた。  ぼくの視線に気付いた遙香さんは妖しい笑みをこちらに向けると、やはり星空を見上げながら、次から次へと涙をこぼしていった。  ぼくはそれを星空が美しかったからと解釈していたが、その真実はまだ知らずにいた。  どころか、あの星夜の出来事を遙香さんは「知らない」と言い張り、きょうまでそれを否定するありさま。  そのため、ぼくは彼女に真実を聞くこともできなかった。  それがどういうわけか、四年の月日を経て、遙香さんは真実を話そうとしている。  いや、失礼。  彼女が真実を話そうと思った理由は、たったひとつ――この星夜の出来事というのが、今回の夏奈さんの件と切っても切れない関係にあるから。  それだから、遙香さんは重い口を開いたのだ。  ぼくは彼女の話す真実に耳を傾け、しかと受け止めなければならない。 「……それって、あの星夜での出来事に違いないよな?」  決まり切っていたことではあったが、念のためと思い、ぼくは遙香さんに確かめた。  今や遙香さんは神妙な顔付きから、ふだんどおりの顔付きに戻っていた。  それを見て、なぜだかぼくは安堵した。 「もちろん、そうだよ。  ……というか、翔くんはあのときのこと、忘れていなかったんだね。ふーん、感心感心」  感心と言う割には、まったく遙香さんの言葉には心がこもっていなかった。  ずばり言おう。  ぼくにとって、あの星夜の出来事は好きな人との出会いにほかならない。  けれど、遙香さんにとっての意味合いはまた別なのだ。  彼女にとって、あれは夏奈さん絡みの出来事そのもの。  ぼくが遙香さんのことを想っていると同時に、遙香さんは夏奈さんを想っている。  その事実はぼくを悲しませた。  しかしそんなぼくの悲しみは、次の遙香さんの言葉を聞いたことで、何もかも遠くに吹き飛んだ。  もっとも、その悲しみが遠くに吹き飛んだだけで、新たな悲しみは吹き飛ばせなかった。 「みんなにも話したと思うけど、わたしと夏奈は流星群を見る約束が原因で絶交した。  だからね、わたしは流星群に未練が……広く言うと、星空に未練があるの」  未練。  その言葉を聞いて、ぼくは合点がいった。  と同時に、ぼくはたまらなく悲しくなった。  たまらなく自分に怒りが込み上げてきた。  あのとき、遙香さんはどんな気持ちで星空を見上げていたのだろう。  そのとき、ぼくはどんな気持ちで彼女を見ていたのだろう。  あのとき、遙香さんは悲しかったはずだ。  そのとき、ぼくは幸せだったはずだ。  悲しすぎる。  酷すぎる。  嵐のごとく、ぼくの感情が吹き荒れる一方、遙香さんは遙香さんで説明するのがつらいのか、彼女は涙目になっていた。  それでも遙香さんは説明を続けることを選んだ。 「その未練はわたしが引っ越しをしてから数日後の夜、つまりは四年前、三月三十日の星夜のとき、わたしが星空公園で星空を見上げるきっかけとなるわけ。  当然、わたしは夏奈のことを想いながら、泣いた。二人で見るはずだった流星群を想いながら、泣いた。  わたしが翔くんと出会ったのはね、そんなときだったの。  そのときのわたし、おかしかったのかな。翔くんがね、夏奈に見えたの。  でも驚きはしなかった。夏奈がわたしに会いに来てくれたんだ、そう思ったの。  だからわたしは彼を見て、ニコリとほほ笑んだ……彼とともに星空を見上げた。  これはそういうお話」  そこで遙香さんは静かに話を終えた。  なるほど、そういうことか。  しかし納得する直前、ある疑問が頭をよぎった。  では遙香さんの言葉から考えるに、あれは一体なんだったのだろうか。  いてもたってもいられなくなったぼくは、場違いながらも訊いてみた。 「そのときのことをぼくが訊いても、きみが『知らない』と否定した理由って、一体なんなんだ?」  遙香さんはうっすらと顔を赤くし、それからボソボソと「もちろん決まっているでしょう? 翔くんのことを夏奈と間違えたのが恥ずかしかったからだよ」と恥ずかしそうに答えてくれた。  今度こそ、ぼくは納得した。  ようやく長年のモヤモヤが晴れたか。  ぼくは安堵のため息をついた。  遙香さんは遙香さんで肩の荷が下りたのか、深呼吸をし、それからまた話し出した。 「何はともあれ、わたしは翔くんと星空公園で運命的な出会いをしたのだと、夏奈にウソをついたの。  内容は至ってシンプル。夏奈のことが寂しくて、わたしが泣いているところを颯爽と翔くんが現れ、わたしを慰めてくれた。  翌日になって、わたしは彼が隣人だと知り、そこからわたしたちの交際が始まる……以上が、夏奈についたウソだよ」 「シンプルというか、陳腐というか……あなた、ある意味で才能あるわよ」  あきれたように苦笑する環奈。 「わたしはいいと思うけどな、二人の本当の出会い。  なんだろう、打ち切り寸前の恋愛マンガみたいな必死さが伝わってきて、すごいステキだな」  褒めると思いきや、ぼくらの出会いをけなす茜。 「健全な出会いをしたというのはいいですが、夏奈さんにウソをついているので減点です」  無慈悲にも、批評してしまう詩織さん。 「ちょっとちょっと、みんなは本気でわたしたちに協力してくれるの? なんだか雲行きが怪しくなってきたかも……」  みんなの反応で、たまらず不安顔になる遙香さん。 「もちろん協力するに決まっている。おれたちなら、きっと遙香と夏奈を友達にしてみせるさ。そうだろう、翔?」  不敵な笑みで、ぼくに笑いかける徹。  ああ、そうさ。  ああ、そうだ。  徹の言うとおりだ。  ぼくらなら、きっとこの困難を乗り越えられる。  なぜなら――。 「ああ。なぜなら、ぼくたちは仲間だからな」  ぼくは一同の顔を見回すと、手元のグレープジュースが入ったグラスを掲げてみせた。  ぼくの意図に気付いた遙香さんたちは、ぼくに倣い、次々と手元のグラスを掲げる。  彼女たちのグラスには、一人たりとも同じ色のドリンクが入っていなかった。  まるで個性が具現化したみたいだ。  ぼくは澄んだ声で、乾杯の挨拶を口に出した。 「遙香さんと夏奈さんの未来を祈って……乾杯」 「乾杯」  ぼくがドリンクをあおると、遅れて遙香さんたちもドリンクをあおった。  その後、ある者は泣き顔になり、またある者は不敵に笑う。  各々の反応はそれぞれだった。 「よーし、きょうはみんなを帰さないからな。監視役の詩織さんも、そのつもりでね」 「なんですって?」  ぼくは詩織さんの驚く声を無視して、ドリンクを取りに行った。  そのぼくの後ろでは詩織さんがいつまでも不満を述べていて、ぼくは思わず笑みが漏れた。  どうやら、夏にはぼくらを一致団結させる力があるらしい。  この夏がいつまでも続くよう、夏の神様にお願いしながら、ぼくはドリンクを何にするか選んだ。
/32ページ

最初のコメントを投稿しよう!

4人が本棚に入れています
本棚に追加