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廊下飯
それからはあっという間に時間が過ぎていった。
せっかく徹たちと仲直りをしたというのに、ぼくときたら、遙香さんのことで頭がいっぱいになってしまい、昼休みになってもぼくは弁当を食べず、ひたすら考えにふけっていた。
一体、遙香さんの話とは何か。
一体、遙香さんが情緒不安定になるほどの話とは何か。
一体どれほど、その話はぼくを動揺させるものなのか。
それらの問いを自分に投げかけてみても、いつだって返ってくるのは「分からない」という無知特有の言葉だった。
それを永遠と繰り返していれば、当然時間は経つもので、ぼくが我に返ったとき、すでに学校は放課後となっていた。
徹たちはぼくを置き去りにし、恋愛反対運動に励んでいるのか、教室のどこを見ても彼らの姿はなかった。
教室側を担当する掃除当番から掃除の邪魔だと非難され、ぼくはのろのろと帰り支度を始めた。
それが済むと、ぼくはのそのそと二年一組の教室から出た。
冷房の効いていない廊下に出た瞬間、息が詰まりそうな暑さを全身で感じて、ぼくは顔をしかめた。
顔をしかめると同時に、ぼくのお腹がコミカルに鳴った。
なるほど、ぼくはお腹が空いているらしい。
ならば、ぼくが取るべき行動はひとつしかない。
「いいだろう……廊下飯だ!」
ぼくは教室前の廊下に座り込み、スクールバッグから母が作ってくれた弁当を取り出す。
いざ弁当を食べようとしたところで、ぼくは廊下側を担当する掃除当番から白い目で見られていることに気付いた。
ぼくは彼らに愛想笑いを浮かべながら、箸を箸箱に仕舞った。
どうやら彼らは掃除に特化した掃除人間らしい。
彼らにとって、掃除とは命そのもの。
なんて立派な心意気なのだろうか。
ぼくは心の中で彼らに声援を送ってから、暑さが充満しているであろう、階段まで向かった。
あまりの暑さに辟易しながらも、そのままぼくは一階まで下りた。
昇降口まで来たところ、ぼくは遙香さんと遭遇した。
いや、この場合、遭遇という言い方は適切ではない。
なぜなら、遙香さんは仁王立ちでぼくを待ち構えていたからだ。
「待っていたわよ、翔くん。さあ、ともに世界を救いましょう」
「……えっと、それは一体なんのことだ?」
ぼくは眉をひそめ、いぶかしんだ。
遙香さんは肩をすくめてから、「一度言ってみたかったセリフなの。気にしないで」と言い、上履きからローファーに履き替えた。
遅れてぼくも上履きからローファーに履き替え、二人で昇降口から出る。
外に出ると、無慈悲な暑さがぼくらを待ち受けていた。
決して穏やかではない気温に、またもぼくは顔をしかめた。
「なんて暑さだ」
ぼくの言葉を聞いた遙香さんは同感だと言わんばかり、正面を向いたまま、何度も首を縦に振った。
なんだろうか、そのうなずく仕草が面白かったので、ぼくは遙香さんに頼んでみた。
「もう一度、そのうなずく仕草をやってみてよ。もちろん、正面を向いたままで頼む」
最初、遙香さんはきょとんとしていたが、やがてその意味に気付いたらしい。
彼女は先ほどみたいに正面を向いたまま、何度も首を縦に振った。
ぼくは人目を気にせず、大声で笑った。
かわいいもので、遙香さんはニコニコとしたまま、首を縦に振り続けた。
やがて、ぼくらは正門を出た。
そこでようやく、遙香さんは首振りをやめた。
気のせいか、いやに遙香さんは機嫌が悪そうだ。
「なんだい、もう終わりか? それを続けていても、誰もきみを咎めはしないぞ」
このぼくの言葉を聞いた遙香さんは、こちらの耳元に顔を近付けると、
「バカ!」
と大きく叫んだ。
ぼくは反射的に遙香さんから離れ、たまらず叫ばれたほうの耳を手のひらで押さえた。
「このバカ! レディになんてことをさせるのよ、このアホ」
なおも怒声を上げる遙香さんに怒鳴ろうと、ぼくが口を開きかけたときだった。
「大浦ぁ、お前、天野に何かしたんだろうよ、えぇ?」
正門前に立っていた小沢先生。
今や彼はぼくの前に立ち、ドスの利いた声でぼくを威嚇していた。
ぼくは立ちすくみながら、遙香さんをにらむことだけしかできなかった。
当の遙香さんは舌を出し、ぼくを挑発していた。
「わしの話を聞いているのか、大浦。貴様、少しはこっちを見んかい!」
小沢先生はぼくの眼前で指を鳴らし、こちらの注意を引いた。
ぼくと目が合うなり、小沢先生はニヤリと笑った。
「小暮先生を説き伏せたみたいだな、大浦。お前もなかなかやるじゃないか。少しは見直したぞ」
だがな、と小沢先生は笑みを消し、憤怒の形相になる。
「これとそれとでは話が大きく違っていく。……お前、天野に何をした?」
ぼくはぶるんぶるんと首を大きく横に振る。
それを見た小沢先生は、ぼくの目の前で固い拳を作った。
とっさにぼくは「ごめんなさい!」と小沢先生に謝った。
それが合図となったのか、小沢先生は狂人のような笑い声を上げた。
あひゃひゃ? はひゃひゃ? わひゃひゃ?
どちらにせよ、小沢先生は壊れてしまった。
これぞ、狂笑鬼。
ぼくは窮地に陥った。
そんなぼくを救うのは、すべての元凶である遙香さんだった。
「それでは小沢先生。わたしたちは用事があるので、これで失礼しますね」
小沢先生に頭を下げるなり、遙香さんはぼくの腕を引っ張って、ずんずんと歩き出す。
小沢先生の狂った笑い声から逃げるように、ぼくらはこの場をあとにした。
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