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往復ビンタ
それから十五分は経っただろうか、ぼくは奈蔵市内にある一戸建ての自宅にたどり着いた。
家に入るなり、ぼくは姉の大浦天音から往復ビンタを食らった。
ぶたれた頬を手でさすりながら姉を見ると、姉はタンクトップにショートパンツというラフな格好だった。
こうして見ると、なかなか姉はスマートだ。
ラフな格好だろうとなんだろうと、姉が服を着れば、それは格好のいいものとなる。
ちなみに大学二年生の姉は、ぼくよりも身長が数センチほど高い。
哀れなことに、それを姉は鼻にかけているようで、こちらの低身長をバカにすることが一日に何度もある。
それを見返すため、最近のぼくは牛乳をよく飲み、姉の身長を少しでも抜かそうとしているのだが……それを見た姉はいつもぼくをからかい、挙句の果てには笑い出してしまうのだ。
そんな姉はぼくの前で、ニッコリと笑顔を浮かべていた。
腹が立つとは、まさにこのこと。
きょうの大学は三限で終わると聞いていたが、何か大学で嫌なことでもあったのだろうか?
それにしたって、大学での怒りをぼくにぶつけるとは、なんとも許しがたい暴挙。
成敗してくれる。
「ただいま、姉さん。どうしてぼくに往復ビンタをしたの?」
「おかえり、翔。それはあたしが翔に怒っているからよ」
「どうして姉さんが怒って……」
ここまで言いかけて、ぼくは口をつぐんだ。
そう、姉が怒っている理由をなんとなく察したからだ。
姉もぼくが口を閉ざした理由を察したようで、姉は口をへの字にしたのち、「ご名答。さっき、あんたのクラスの担任教師、小暮先生から電話があったのよ。それであたしは知ったってわけ。――あんたたち恋愛反対運動が、また人様に迷惑をかけて、さらには教師に口答えをした、ってことをね。これ、どういうこと?」とぼくをにらみつける。
「ん……実を言うと、最近の小暮先生はみんなの前でよくウソをつくんだ。ずばり、虚言癖だね」
とっさにぼくはバレバレのウソをついた。
姉はあきれ返り、天を仰いだ。
「あんたっていう人は……心底あきれたし、本当に嘆かわしいわね。
虚言癖はあんたのほうじゃない、この嘘つき!
恥を知りなさい、クソガキ。さもないと、あんたを裸にさせて、この家から追い出すわよ」
ぼくは姉の気迫に圧倒され、何も言い返せなくなってしまった。
やがて姉はふっと笑い、「まあいいわよ。怒るのはこれくらいにしてあげる。どうせあんたのことだから、恋愛反対運動をやめる気もないでしょうし、時間のムダよね。あんたを怒るってことは、空気に怒っているようなものよ。というわけで、時間のムダムダ」と場を和ませた。
「そうそう、時間のムダだよ。
なんてったって、ぼくは恋愛反対運動でお金を稼いでいくんだからね」
安心したぼくは、穏やかそうな姉に軽口を叩く。
安心しきったぼくの様子を見て、姉はうれしそうに破顔し、「それでこそ、あたしの弟だ」とぼくの頭をポンポン叩いた。
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