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二日後。
キーズは無事に隣国の王女の待つ屋敷に辿り着いた。王女の方も捕らわれる危険があった為、支援者の屋敷に隠れていたのだった。
二人は互いに助けあう事を約束し、その数日後には結婚式を挙げた。一部の支援者のみが立ち会うささやかな式であったが、それぞれに大きな味方を得た。
二人は互いに協力し、自国内の支持を広げ内紛を鎮静化していった。
そして、その一年後、キーズは王位を継ぎ、ようやく腰を落ち着けて王都の城で暮らせるようになった。
由美は側女になることを受け入れたと言っても、身体の関係は上手くかわした。キーズは、見もしない内からソフィアに惹かれていた為、それが問題になる事は無かった。
キーズは、見晴らしの良いバルコニーで妻のソフィアと紅茶を飲んでいる。
「それにしても、宰相が死んだのは誠に幸運であった。あれは継母と結託して父を操っていたから」
「陛下、死んだ方を悪く言うものではありません」
「そうだな」
別棟のとある部屋のバルコニーから、こっそりと火縄銃の銃口が国王夫妻の座るバルコニーに向けられていた。
射手は、狙いをキーズに定める。
安全装置を外し、引き金に指をかけた。が。
バシャッ! と点火装置に紅茶が掛けられた。
「ッ?!」
射手は驚いて振り向く。蓋を外したティーポットをひっくり返して持っている由美がいた。
「ごめんあそばせ。手が滑りました」
「なっ?!」
由美は、ぽいっとティーポットを上空に投げあげる。袖の中に隠していた暗器――一年前、キーズの寝込みを襲った兵士を殺したのと同じ細長い針状の武器――を取り出し、射手の首に突き刺した。
由美は素早くそれを袖の中に隠し、落ちて来たティーポットを両手で受け止めた。
窓際のテーブルにティーポットを置く。
由美はうつ伏せになっている射手に跨る様にして口の近くに手をかざし呼吸を確かめた。射手は既にこと切れていた。
バルコニーの隙間から、射手を落とした。
どさりと音がしたが、国王夫妻は気付かなかった。
由美は、火縄銃の縄と火薬を取り出し、弾丸を抜いて自分の巾着に入れた。そして銃そのものはドレスの中に隠した。
廊下を出て、何食わぬ顔で侍女とすれ違う。
――ギラン派の残党は僅かながら残っている。気は抜けないな。
歩きながら、由美は思った。
――あの射手の死体は庭師あたりが見つけてくれるだろう。誰もあの針の傷には気付かない。転落死として処理される筈だ。
由美が側女になったのは他でもない。元の世界で培った知識と技術で宮廷を密かに牛耳り、キーズを守る為であった。つまり、殺しの為の知識と技術によって。
由美は元の世界では殺し屋だった。樹海にいたのも殺し屋の仕事の為だった。
由美は、この一年の間に何人かの重要な人間を手にかけていたが、全て病死や事故、失踪に見せかけていた。自分がやったとバレない限り、いつまでもキーズの傍にいて、キーズを守ることができるからだ。
――キーズ様は、私を一人の人間として、女性として扱ってくれた最初の人だから。
――初めてあった時、感じたときめきはこれだったのだ。キーズ様の為にこの命を使うと。
わあわあと、外が騒がしくなった。転落死した射手の死体が発見されたのだろう。
由美はこれからも隠れた守護者として生きて行くのだと心に誓い、微笑んだ。
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