アムンゼン 20

2/2
前へ
/2ページ
次へ
 私は、ビビった…  正直、どうしていいか、わからんかった…  35歳の矢田だ…  3歳のマリアに、腕力では、負けるわけは、なかったが、マリアをうまく説得する自信がなかった…  しかも、  しかも、だ…  今、この矢田が、  「…マリア…暴力は、いかんさ…」  と、言った、その舌の根も、乾かぬうちから、マリアを腕力=暴力で、無理やり、言い聞かせることなど、できんかった…  できんかったのだ…  だから、私が、どうして、いいか、わからんかったので、困っていると、  「…矢田さん…もういいです…」  と、アムンゼンが、声をかけた…  次いで、  「…矢田さん…ありがとうございます…」  と、アムンゼンが、この矢田に礼を言った…  「…バニラさんも、ありがとうございます…」  と、アムンゼンが、バニラにも礼を言う…  「…お恥ずかしい姿をお見せしました…」  アムンゼンが、言いながら、椅子から、立ち上がって、私たちに頭を下げた…  それから、マリアに、  「…マリア…ぶってくれて、ありがとう…おかげで、目が覚めたよ…」  と、アムンゼンが、言った…  が、  これには、マリアが、驚いた…  なぜなら、いつも、マリアと同じセレブの保育園に通うアムンゼンとは、違うアムンゼンが、目の前にいたからだ…  大人のアムンゼンが、いたからだ…  だから、マリアが、  「…アンタ…ホントにアムンゼン?…」  と、呟いた…  呟いたのだ…  当たり前だった…  目の前にいたのは、いつもセレブの保育園で接するアムンゼンではなく、大人のアムンゼンだったからだ…  マリアの問いかけに、  「…そうだよ…」  と、アムンゼンが、優しく答えた…  それは、正真正銘30歳の大人のアムンゼンが、3歳の子供のマリアに、言う言葉だった…  私は、驚いた…  驚いたのだ…  それは、初めて見る大人のアムンゼンだったからだ…  いつもの、子供を演じているアムンゼンでは、なかったからだ…  …一体、なぜ?…  一体、どうして、アムンゼンは、素の姿に戻ったのか?  不思議だった…  不思議だったのだ…  そして、とっさに、  …リンか?…  と、気付いた…  きぅと、アムンゼンは、リンに恋する余り、素の姿に戻ってしまったのだ…  素の姿=30歳の大人の姿に戻ってしまったのだ…  私は、気付いた…  気付いたのだ…  そして、それに、気付いたのは、私だけではない…  オスマンも同じだった…  「…オジサン…」  と、呟きながらも、アムンゼンの外見の変化に真っ先に、気付いた様子だった…  素の姿に戻ったアムンゼンの姿に気付いた様子だった…  きっと、リンに恋する余り、普段の子供を演じることが、難しくなったのだろう…  リンに恋する余り、30歳の素の姿に戻ったのだろう…  私は、そう見た…  私は、そう睨んだ…  この矢田トモコ、35歳の目に狂いはない…  断じて、狂いは、ないのだ!…  私が、そう思っていると、またも、マリアが、  「…リンって誰?…」  と、アムンゼンに聞いた…  さっきと同じ質問を繰り返したのだ…  私は、ビックリしたが、それ以上に、マリアの母親のバニラが、ビックリした様子だった…  戸惑った様子だった…  「…マリア…」  と、戸惑いながら、マリアのカラダを掴んだ…  もしや、マリアが、アムンゼンに無礼なことを、しないかと、心配だったのだろう…  マリアを身動きできないように、羽交い絞めにした…  が、  それを見て、アムンゼンが、  「…おおげさ過ぎますよ…バニラさん…」  と、穏やかに、言った…  優しく言った…  「…マリアを離して、やりなさい…バニラさん…」  引き続き、アムンゼンが、バニラに優しく、言う…  が、  しかし、それは、命令だった…  アムンゼンの命令に他ならなかった…  慌てたバニラが、  「…ハイ…殿下…わかりました…」  と、言って、急いで、マリアを離した…  自分の娘を離した…  すると、今度は、マリアが、不思議がった…  「…ママ…どうして、アムンゼンの言う通りにするの?…」  と、不思議がった…  バニラは、どう答えて、いいか、わからんかった…  どう、うまく返答していいか、わからんかった…  とっさに言葉が出なかった…  まさか、アムンゼンに言われたから、その通りにしたとは、言えんかったからだ…  だから、言葉が、出んかったのだ…  すると、それを、見た、アムンゼンが、  「…バニラさん…マリアの言う通りです…ボクが、バニラさんに、なにを言おうが、全然、無視しても、構わないのですよ…なぜなら、バニラさんは、ボクの部下でも、なんでもないのですから…」    と、穏やかに言った…  それを、聞いたバニラは、ますます、なんと答えて、いいか、わからん様子だった…  ただ、  「…殿下…そんなこと…」  と、だけ、言った…  それ以上、なんて、言っていいか、わからんかったのだ…  だから、私が、言ってやった…  バニラの代わりに、言ってやった…  「…アムンゼン…オマエ、案外いいヤツだな…」  と、言ってやった…  アムンゼンを褒めてやったのだ…  と、この矢田の言葉は、アムンゼンにとって、意外だったようだ…  「…矢田さん?…」  と、初めて、私の存在に気付いた様子だった…  「…どうして、ここへ?…」  「…どうしても、なにも、私が、オマエに謝りに来たのさ…」  「…矢田さんが、ボクに謝りに?…」  「…そうさ…」  「…だったら、それが、ボクに謝りに来る人間の態度ですか?…」  と、アムンゼンが、指摘した…  言われてみれば、その通り…  まさに、その通りなので、二の句が告げなかった…  だから、  「…」  と、黙った…  言葉が、見つからなかったからだ…  すると、  「…でも、それが、矢田さんです…矢田トモコさんです…」  と、アムンゼンが、続けた…  「…謝りに来るときも、いつもと同じ格好…しかも、菓子折りひとつ持たず、やって来る…でも、それが、矢田さんです…」  アムンゼンが、言う…  「…でも、それが、いいんです…矢田さんらしくて、いいんです…相手が、誰であろうと、まったく関係がない…いつも、同じペース…にも、かかわらず、誰からも嫌われない…誰からも愛される…これは、矢田さんだから、できること…矢田トモコさんだから、できることです…」  アムンゼンが、力説する…  それまで、落ち込んでいた様子のアムンゼンが、別人のように熱く語る…  私は、なんと言っていいか、わからんかった…  そもそも、アムンゼンが、私を褒めているのか、けなしているのかも、わからんかった…  わからんかったのだ…  だから、  「…アムンゼン…オマエ…私を褒めているのか? それとも、けなしているのか?…」  と、聞いてやった…  聞いてやったのだ…  すると、即座に、  「…褒めているに決まっているでしょ?…」  と、アムンゼンが返した…  「…サウジアラビア本国で、ボクにそんな態度を取ったら、死刑ですよ…矢田さんには、前にも言ったはずです…」  「…し、死刑?…」  「…矢田さんには、前にも言ったはずですよ…」  たしかに、言われてみて、今、思い出した…  たしかに、以前、このアムンゼンが、言った…  今と、同じことを、言ったのだ…  それを、思い出した私は、面食らった…  正直、面食らった…  同時に、恐ろしいことを、したと、思った…  思ったのだ…  これが、もし…  もし、アムンゼンの機嫌の悪いときなら、この矢田の身が、どうなっているか、わからんからだ…  最悪、このアムンゼンの言う通り、死刑になっても、おかしくはない…  そして、そのことに、誰も文句は、言えないに違いない…  例えば、この矢田の身を拉致して、サウジアラビア本国に連れて行き、この矢田が、死刑になったとする…  それを知ったとしても、日本政府は、  「…これは、大変、遺憾なことです…」  と、いう、いつもの決まり文句を言うに、違いない…  いわゆる、遺憾砲というやつだ(笑)…  サウジアラビアのみならず、どこの国とも、揉めたくない…  だから、正式に外交ルートを通じて、文句の一つも言えないから、  「…これは、大変、遺憾なことです…」  と、なる。  どこの国に対しても、弱腰な日本政府…  どんな状況になっても、どこの国とも、揉めたくない…  だから、そういう対応になる…  私は、その事実に、気付くと、自分の身のヤバさに気付いた…  今さらながら、気付いた…  だから、慌てて、  「…すまんかったさ…」  と、アムンゼンンに詫びた…  アラブの至宝に詫びた…  「…これまでの非礼を許してやってくれ…大目に見てやってくれ…」  と、詫びた…  詫びたのだ…  すると、だ…  「…なんの真似です…矢田さん…そんなことをして…」  アムンゼンが、この矢田に聞く…  「…なんの真似だと? …どういう意味だ? この矢田が、謝っているんだゾ…」  私は、言ってやった…  「…今さら、遅いです…賽(さい)は投げられたんです…」  アムンゼンが、言った…  非情にも、この矢田トモコに宣言した…                <続く>
/2ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加