天狗の山

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 あれは私がまだ五歳の頃。  当時はまだ戦時中だったこともあり、日本はとても貧しい状況だった。四人兄弟の末っ子だった私は、常に腹を空かせていた事を今でも覚えている。  あばら屋根の小さな家で身を寄せ合い、か細い畑から採れる幾ばくかの野菜と近所で少しだけ分けてくれた麦や配給の僅かな米を混ぜて飢えをしのいでいた。  父は兵隊に取られ、母が女手一つで私たちを育てていた。  だが、戦況が厳しくなればなるほどに、生活もどんどん苦しくなっていく。  とうとう姉が死んだ。元々、肺が弱かったこともあるが深刻な栄養不足も原因の一つだったのだろう。  これでは遠からずも、全員が野垂れ死んでしまう。そこで苦肉の策として、私は母に連れられて山に向かったのだ。  母からは山菜を採りに行くから手伝って欲しいと言われていた。当時の私は少しでも母の手助けになるのであればと、喜び勇んでいた。  だが本当は、人減らしの為の嘘だった。繋いだ手の力は痛いぐらいで、母の目からは何度となく涙が零れていたのを呑気な私は母の言う「目にゴミが入って」という嘘を見抜けずにいた。  気が遠くなる程に歩き続け、私がもう歩けないと根をあげそうになった所で母が立ち止まった。  周囲は薄暗い木々に囲われていて、右を見ても左を見ても同じ大木が並んでいるだけだった。 「ここで少し休んでて。おかあは、あっちで山菜を探してくるから」  母がしゃがむと私をきつく抱きしめてきた。それから私を残して一人、薄暗い木々の向こう側へと消えていった。  その時初めて、私は一抹の不安を覚えていた。ちゃんと母は戻ってくるのだろうか。  嫌な予感に私は居ても立っても居られずに立ち上がると、母の後を追おうとして走り出した。  だが当然というべきか。道に迷ってしまったのだ。それからのことはよく覚えていない。 人の話し声で目を覚ましたわたしは一瞬、家に帰って来たのだろうと錯覚していた。  だけど実際は違って、見たこともない丸太を並べたような天井が目の前にあったのだ。
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