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「気がついたか」
真っ赤な顔に長い鼻、丸くて大きな黒目。最初見た時は驚きのあまり、わたしは大きな声で叫んでいた。後にそれが天狗の面であるとわかるのだが、当初は何も分からずただ恐ろしいだけだった。
そんな私とは裏腹に、周囲からはどっと笑いが起きた。驚いたことに自分とそんなに年端の変わらない子供たちが三人、私を取り囲んでいたのだ。
「こいつ、びびってやんの」
一人を皮切りにみんなが口々に私を揶揄う。私は恥ずかしくなって「びびってなんかない」と睨みつけた。
「よさないか。お前たちだって最初は私を見て漏らしてたじゃないか」
天狗面の男――後に天狗さんという愛称で呼ばれた彼が諌めると、周囲からまたしても「俺は違う」と口々に反論の声が上がった。
とても賑やかで、気付けば私の恐怖心はすっぽりと抜け落ちていた。同年代の子供達がいたことも大きいだろうが。
それでも時間が経つにつれて、ずっとここにいるわけにはいかないと焦りも感じていた。
帰らなければと思っていた時に、夕飯だと言われた。出されたのは鹿肉で、久しぶりに肉を口にした時の美味さは今でも忘れられないほどだった。
夢中で食べてからやっと「そろそろ帰りたい」と私は発した。
私の発言は別段可笑しくはない。にも関わらず、私の周りにいた子供達は顔を見合わせていた。
「おまえは捨てられたんだ」
「俺たちと一緒でよぉ」
「可哀想な奴」
口々に聞かされたそんな残酷な言葉に最初こそは、からかわれたのだとムキになって反論していた。
だけど、近くで見ていた天狗さんの黙り込む姿から、段々と真実であることが嫌でも分かってきていた。
捨てられた事実は言い表しようのない程に悲しかった。母に裏切られたという怒りもあった。だけど、そんな感情を噛みしめている暇はなかった。
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