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そこに山があるから登るなどと言うが、私が山を登る理由は少し違う。
多くの山を何十年という年月をかけて登って来たのには、幼少期の懐かしい記憶があるからだった。
御年八十を迎え、これが最後の登山になる。いくら週に一度、山に登り健脚であるとはいえ、これ以上は危険も伴うことは間違いなかった。
息子たちからも、そろそろ危ないから止めて欲しいという声も上がっていたことから、私はこれを最後に登山から離れるつもりだった。
一縷の望みに賭けて選んだ山は標高こそは、そこまでないものの、舗装のされていない道はなかなか険しく、木々が無造作に生い茂っている様子からして迷う可能性もあった。
そんな危険があると分かりながらも、私の決意は揺るぐことはない。子供たちに言えば心配するだろう。だから私は黙って家を出ることにした。念のために遺書を残して。妻は五年前に他界している。そちらは心配することはないだろう。
残すはその山を管理する人間に、許可を得ることだ。所有者を調べるのはなかなか骨が折れる事だった。
その土地の役所赴き、地番図を発行してもらう。それから法務局で登記簿謄本を取り寄せ、やっと所有者が判明するのだ。
私は早速、所有者である人物に電話をかけた。出たのは若い男の声であり、こんな山に立ち入りたいとは珍しい。理由があるのなら聞かせてもらいたいとの事で、実際に会って話すことになった。
何か迷惑をかけるかもしれないと、後ろめたい気持ちもあったことから私は素直にそれに応じたのだった。
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