第二章 再生、やり直し

5/9
前へ
/22ページ
次へ
 ふと、ラーメンまさみつの入り口ドアに視線を向けた。定休日の日にちが手書きで書かれた紙が貼られている。政光のお父さんが毎月こうして休みの日を張り出しているんだ。定休日は月曜。それとは別に用事やイベントがある時もここに掲示している。  日付を確認すると、どうやら今はもう四月らしい。 「……四月……?」  いったい、今僕は何年生なんだ?  無造作に入れてきた教科書の学年表示なんて見ていない。  さっき、政光が言っていた言葉を思い出す。 『小野ちゃん先生最後だし──』  それって、政光がめちゃくちゃ尊敬してたバスケ部顧問の小野大輔(おのだいすけ)先生のことか?  確か、僕らと一緒に中学校を離れることが決まったって、離任式の時に号泣していた先生がいたことを思い出す。若くて生徒に人気があった先生だ。政光は特に気に入られていたから、本人もその気で部活も熱心だった。政光率いるバスケ部男子は、県大会は常連だけど、その先にはなかなか進めなくて、悔しがっていたのを思い出す。  僕の記憶は凄いな。  自分のことなんて何一つ思い出せないのに、他人の政光のことはどうしてこんなに鮮明に思い返せるんだろう。  思わず、ため息を吐き出した。  ゆっくり、学校へ重たい足を向ける。  今が四月で離任式だとすれば、卒業式はもう終わって春休み中だ。僕の後悔は、卒業式の後に昼川に会わなかったことなのに。そのタイミングをもう、逃しているじゃないか。  なんだ、この夢。全くもって無意味だ。 *  学校に到着すると、懐かしさに足がすくむ。  また、この校舎に足を踏み入れても良いのだろうか? と、遠慮してしまう自分がいる。見た目は中学生でも、中身は三十手前のおっさんだ。  だけど、いつまでもここにいるわけにもいかない。意を決して一歩を踏み出し、教室までようやく辿り着いた。  開けっぱなしのドアからざわつく教室の中に入る。瞬時に懐かしくて、鳥肌が立った。  見渡すと、見たことのある顔ばかりだ。そして、あの頃のまま変わらずにいる同級生達の姿に驚いていた。 「佑衣斗、遅かったなー!」  すぐに声をかけてくれたのは政光だった。 「……僕の席って……」  もう、どの席に座っていたのかなんて覚えていなくて、僕は政光の周りをキョロキョロと見ながら空いている席を探す。 「今日は別にどこでも良いって。離任式だもん、カバンも空っぽだし持ってくる意味あんのかなって感じ」  軽々と自分のスクールカバンを持ち上げながら、政光は空いていた席に座るから、僕もその後ろの机の椅子を引いた。肩から重たいカバンを下ろすと、今朝カバンの中身が空っぽだったのには、意味があったことを知る。  カバンの中には主要教科ほぼ全部が入っているから重たいに決まっている。机の上にドサッと重たそうな音をたてて落ちたスクールカバンに、政光が注目している。 「佑衣斗、何そんなに持ってきたの?」  明らかに空っぽではない重みのある置き方をしたカバンを見つめて、不信に聞いてくるけど、笑って誤魔化して話題を変えた。 「卒業式って、終わったんだよな?」 「は? 何言ってんだよ。とっくに終わって今日は離任式! 学校くるのもこれで最後。佑衣斗さ、今朝からなんか変じゃね?」  話題を変えても政光からの不信感は拭えず、冷や汗が出てきそうだ。  慣れないままの二度目の中学最後の日。  あの頃この場所に立っていた僕は、いったい何を考えていたんだろう。思い出そうとしても、何も思い出せない。
/22ページ

最初のコメントを投稿しよう!

13人が本棚に入れています
本棚に追加