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教室内に残っていた生徒に囃し立てられながら、僕は昼川の手を取り「行こう」とその場から駆け出した。
これが夢なら、別に何をしても夢で終わるんだ。だったら、自分のしたいようにすれば良いし、それが出来るならラッキーなことじゃないか。
廊下を早足で歩いて、屋上階段を登る。
薄暗い行き止まりで止まると、目の前のドアノブを回して重たいドアを開けた。途端に、一気に心地いい風が吹き込んできた。
眩しいくらいの青空に目を細めてから、前を向く。卒業式の時に用意されていた後輩美術部の手作りフォトスポットが、真正面に見えた。
友達同士で盛り上がりながら写真を撮っている生徒たちの姿に背を向けて、反対側に向かう。
よく、授業の中休みに来ていた場所だ。一人でいるのが当たり前だったあの頃、教室にいるのがひどく寂しさを感じることがあった。そんな時に、ここに来ると落ち着ける気がした。
授業をサボってずっとここにいる先輩がいたりしたけど、その人が悪い人ではないと知ると、別に、個々に空を見上げるくらいなら互いの存在なんて気にならなかった。
「わぁ、あたし、屋上って初めてかも……」
もう一度、今度は春の匂いを連れて吹いた風に、昼川は制服のスカートが舞い上がらないように抑える。
一つにきっちり結んだ髪、目にかからないくらいに揃えられた前髪が揺れるのを気にして、手ぐしで整えながらついてくる。
好きだと自覚した途端に、昼川のことが愛おしく見えてしまうのは、単純すぎるんじゃないかと思ってしまう。
でも、あの頃はきっと自分のことだけに精一杯で、周りのことなんて考える余裕がなかったんだ。
おじさんのことも、政光のことも、昼川のことも、大人になったからこそ、あの頃は……、なんて思い出しながら冷静に受け止められるだけで、僕は僕で、無気力ながらも必死にもがいていたはずだ。
きっと、なにも報われることがなかったせいで、あんな人生を送る羽目になったんだ。後悔しない人生なんてないとは思う。だけど、夢でまで、僕は後悔したくない。
失敗したって、別にこれは夢だ。
いつか覚めるのか、永遠にこのままなのか、よく分からないけれど、どうなるかも分からないなら、まずはあの日の後悔をやり直したい。
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