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「わりぃ! 今日めちゃくちゃ忙しくてさ、さっきまで店いたからさ、そのまま来たからだな。車ん中もにおうかも! はははっ」
悪びれる様子もなく豪快に笑う政光は、相変わらずだと思った。
政光の実家はラーメン屋だ。小さい頃から僕もよく家族でお世話になっていた。お腹が空いたら政光の家ってくらい、学生の時も寄り道は定番だった。
「今はマサが作ってんの? ラーメン」
言われた通りに、車に乗り込むと車内もラーメンスープの醤油とニンニクの臭いが染み付いている気がした。配達で使っている車だから尚更だろうと、もう慣れるしか無かった。
少しだけ窓を開けて冷たい空気を取り入れながら、政光は車を走らせる。
窓の外は、うっすらと粉砂糖みたいに薄く積もった白い雪が、見慣れた街を覆う。今年はあまり雪深くはないようだ。用心してショートブーツを購入して履いてきたが、このくらいの雪ならスニーカーでも良かったと、流れていく景色を眺めて思った。
ギラギラと眠ることを知らない都会から帰ってきたせいか、明かりがあるんだろうけれど、ぽつりぽつりと少なすぎて、気持ちは切なくなる。
懐かしさに寂しいと感じてしまうのは、年をとってしまったせいだろうか。
「宿はどうすんの?」
「近くにホテルあったじゃん。そこ予約取った」
「あー、もしかしてアートイン福永?」
「そうそう。あったよなーと思って調べたらちょうど空いてたから」
「まじか。言ってくれたら俺から予約取ったのに」
「え?」
ハンドルを握る片手を離し、悔しそうに眉を顰めるから、政光とアートイン福永に繋がりなんてあったかなと、不思議に思う。
「嫁さんの実家なんだよ」
前を向いたまま当たり前のように言う政光。さっき離した左手は、すでにハンドルを握っていて、薬指には銀色のシンプルな指輪が嵌められていた。
「……嫁」
「そう、うちの嫁アートイン福永の娘なんだ。家族ぐるみでけっこう仲良くしてるから、俺の友達って言えばもしかしたら格安で泊めてくれると思うんだよな」
「……いや、別にいいよ。普通に知らない客として行った方がいいし。なんか変な気遣いそう。何も言わなくて良い」
親切心でそう言ってくれているのは分かるけど、知り合いのホテルだと思った時点でもうなんか、そわそわしてしまう。他人なら他人で一夜限りで済むのに。あんまり親しくはしたくない。それに、嫁って……政光はもう結婚していたのか。そっちの方が驚きだ。
「子供も二人いるぞ。下はまだ一歳なったばっかだからめちゃくちゃ可愛い」
デレデレと表情筋を緩ませた横顔に、苦笑する。
「そうか。いつの間にか、みんな家族が増えているんだな」
一人孤独なのは、僕だけか。
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