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「このやろうっ」  ぼくは起きあがると、閉じられたばかりの運転席のドアに()けより、窓ガラスをたたいた。 「おいっ、待てよっ。返せ。金を返せっ」  そう叫んだものの、実は、そんなことで拓がお金を返してくれるなんて、思っていなかった。  窓をたたく自分のこぶしから、電気が出た。電気は窓ガラスにのび、そこから伝って、車全体に流れていった。車は機械で、機械はぼくのともだちだ。 ((たの)む)  ぼくは心のなかで機械に呼びかけた。  運転席の拓が、ちらりとぼくを見上げた。ふん、と鼻でせせら笑ったようだった。前のほうに顔を向けると、いっきに車をスタートさせた。ぼくはあわてて車から手をはなし、よろけた。ちょうど、うしろから来た車が追い越しをかけようとしていた。その車がクラクションを鳴らして、急ブレーキをかけた。それにはまったくかまわずに、拓の車はスピードをあげ、まっすぐに走っていく。  ぼくはすぐに歩道にもどった。こころから少しはなれて、走りさる拓の車を見ていた。 (頼むよ。頼む)  心のなかで、拓の車に向けて、呼びかけを続ける。  拓の車はどんどん速度を増していった。百メートルほど先に交差点がある。信号は赤。なのに、拓の車はスピードをゆるめない。信号待ちで止まっている車の列がある。拓の車は、反対車線に曲がって、それをよけた。そのまま、赤信号の交差点に突っこんでいく。交差する道路を走る車が、何台もあった。拓の車が、そのうちの一台に横からぶつかった。大きな音が、ぼくらのところにまで聞こえてきた。ぶつけられたほうの車が横にたおれた。拓の車は左のほうへと流れていき、停車している車の陰になって、見えなくなった。 「お兄ちゃん?」  いつの間にか、こころがそばによってきて、ぼくの手をにぎっていた。ぼくがさっき落とした、アンパンを入れたレジ袋を、手に持っていた。 「お兄ちゃん、お母ちゃんたち、事故、おこしたの?」 「ああ、そうみたいだな」  ぼくはとぼけて答えた。  交差点の信号が青に変わるのが見えた。信号待ちの車は止まったままだった。何人かの人が車からおりて、(さわ)いでいるようだった。 「お母ちゃんと、おじちゃん、死んじゃった?」 「さあ、わからないけど……」  そう答えたものの、少なくとも拓のほうは、死んでほしかった。  母ちゃんについては、死んでもかまわない、という程度の気持ちだった。拓が、こころのいやらしい写真を()っていたことを、母ちゃんは知っていたはずだ。知っていて、それを止めなかった。そんなの、母親じゃない。 「お兄ちゃん、あたしたち、これからどうなるの?」  こころが、心細そうにぼくのほうを見上げる。  ぼくは少し考えて、こう答えるしかなかった。 「とにかく……家に帰ろうか」 「……うん。給食費、おじちゃんに取られちゃったね」 「心配するな。お兄ちゃんが、またなんとかするから」 「うん」  ぼくたちは手をつないでアパートに向かった。  これからいろいろなことがあるだろう。ぼくたちは施設に入れられるかもしれない。  でも大丈夫。  どんなことがあっても、こころは、ぼくが守る。きっと守ることができる。  だってぼくには、機械というともだちがいるのだから。                〈了〉
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