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 ぼくはこころをつれて、外に出た。  夕方の五時をすぎていた。空はまだ明るい。  ふたりとも、リサイクルショップで買ってもらった、ちぐはぐな色の服を着ている。学校ではからかわれるけど、もう()れた。  しばらく行くと、こころが言った。 「どこ行くの? ヤスダはこっちだよ?」 「ちょっと()り道するんだ」  ヤスダというのは、いつも行くスーパーだ。アパートから歩いていけるし、夕方、早い時間から、見切り品をどんどん割引してくれる。  でも、ヤスダに行く前に、まずお金をつくらないといけない。だから、ヤスダとは別のほうへ向かった。  ぼくらは、少し歩いたところにある、コインランドリーの敷地(しきち)に入った。広い駐車場の向こう側に、コインランドリーの建物がある。建物のわきには、コーヒーやジュースの自動販売機が設置されている。  ここは、前から目をつけていたところだ。一度「やった」機械はなるべく()けたい。なおかつ、近くの道路に、防犯カメラが設置していないところがいい。そのひとつが、ここなのだ。  コインランドリーは、前のほうの壁が、一面のガラス張りだ。なかにはだれもいなかった。それも好都合だった。 「こころ、ここでちょっと待っていろ」  ぼくは駐車場の端っこで、こころを待たせることにした。  コインランドリーの建物のなかに、防犯カメラがあるのは知っている。カメラは外に向いているわけじゃない。だから、販売機の近くにこころが立っていても、映る心配はない。でも、念のためだ。  ぼくは自動販売機の前まで行った。  ポケットから小銭入れを出し、なかから十円玉を一個、つまみ出した。  本当は、貨幣(かへい)なんていらないのだ。  でも、万が一だれかに見つかったとき、言い(のが)れするために、本物のお金はあったほうがいい。  ぼくは販売機のコイン投入口に、十円玉を近づけた。  貨幣を持った右手の指先から、ビリビリと電気が出た。出た電気は尾を引いて、販売機の表面につながり、そこから機械のなか全体にしみとおっていった。 ((たの)むよ)  ぼくは心のなかで販売機に語りかける。  そうして、十円玉を投入した。  カシャンと音がして、貨幣が販売機のなかに落ちる。  投入口の上にある金額の表示器が、無表示から「0000円」に変わった。  ぼくは販売機に向かって、「頼むよ」と念じながら、缶入りオレンジジュースのボタンを押した。こころの好きなジュースだ。  にぶい音をたてて、下の取り出し口に、商品が落ちた。  ぼくは「おつり」と書かれたボタンを押した。  おつりの取り出し口に、貨幣が落ちてくる。何個も、何個も……何個も。  あふれないうちに、ぼくは取り出し口に指を入れ、貨幣を取りはじめた。  その間も、貨幣は次々に落ちつづける。  ぼくは取り出した貨幣を、小銭入れに入れていった。  やがて、ようやくおつりが落ちおわった。  小銭入れの中身を数えてみた。  まず、五百円玉が十九個あった。そのほかに、百円玉やなんやかやで五百八十円。元もと持っていたお金は、二百四十円だった。そのうちの十円を使って、百五十円のジュースを買い、おつりが、九千八百五十円出てきたわけだ。  これだけあれば、晩飯になにか食べても、こころの給食費には足りる。五百円硬貨ばかりで重くなるけど、しかたがない。  ともかく、お金はできた。  ぼくは結露(けつろ)して濡れた缶ジュースを持って、こころのほうへと足を進めた。
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