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スーパーヤスダでは、また見切り品を買った。いなり寿司とのり巻きのセットをひとつと、鮭弁当と、茶わん蒸しと、あんパンをふたつ。きのうより、少しだけ豪華だ。
イートインコーナーで、こころとふたりで、寿司と弁当と茶わん蒸しを、分けあって食べた。給食費の心配がなくなったと知って、こころはきげんよく食べた。アンパンはまた持って帰って、あしたの朝飯にするつもりだ。
スーパーを出ると、外はもう薄暗くなっていた。
歩道をアパートに向かって歩いた。そばの車道を、車がたくさん走っていく。仕事から帰る人たちだろう。
と、ふいに、急ブレーキの音がした。
同時に、うしろから走ってきた一台の車が、すぐそばの歩道のわきに急停車した。シルバー色のコンパクトカーだった。すぐに拓の車だとわかった。助手席にいるのは、母ちゃんだ。ぼくたちのほうは、見もしない。前を向いたまま、煙草を吸っている。
運転席のドアをあけて、あいつ――拓が飛び出してきた。急にドアが開いたためだろう、うしろから来た車が、クラクションを鳴らして、拓の車を追い越していった。
「へへへ、翔平よう。いいところで会ったな」
拓はニタニタと笑って、ぼくらのほうへ迫ってきた。
翔平というのが、ぼくの名前だ。昔、ぼくたちを捨てて出ていった父ちゃんがつけた名前だという。きらいな名前だ。だけど、その名前を、こいつに呼ばれるのは、もっときらいだった。
「なんだよ」
ぼくはこころをかばって、その前に立った。
「おう、翔平、おめえ、金、持ってねえか?」
「お金? あるわけないだろ。きのう、千円おいてったきりじゃないか」
「でもよう、おめえ、なんやかやで、持ってるじゃねえか。知ってるんだぜ。いろいろ悪いこと、やってるんだろ?」
「なっ、なにを……」
拓がおそってこようとする気配を見せた。
ぼくは身がまえた。
でも、拓がねらったのは、こころだった。
拓のやつ、高校のときにはバスケの選手だったというのが自慢だった。ぼくをかいくぐるようにして、うしろに立っていたこころを捕まえていた。
「やっ、痛いっ」
捕まえただけじゃない。こころの片手を、うしろにねじりあげていた。
「お兄ちゃん」
すがるような目を、ぼくに向けてくる。
「へへへ、翔平、おとなしく金、出しなよ。おれだって、かわいいこころちゃんに、痛い思いさせたくねえんだよ」
「くそっ」
ぼくはあきらめて、ポケットから小銭入れを出した。
「いくらほしいんだよ」
なかから五百円硬貨を取り出そうとした。
その前に、あっという間の早わざで、小銭入れごと奪われていた。
拓が中身を確認する間に、ぼくはこころの手を引いて、うしろのほうにかばった。
「けっ、五百円玉ばっかりじゃねえか。それでも、一万ぐらいはあるか。しゃーねえ。おい、翔平、次にかっぱらいやるときは、札で盗ってこいよ。わかったか」
拓はくるりと向きを変え、車にもどろうとする。
ぼくは拓に追いすがった。
「おい、返せよ。こころの給食費払わないと――」
手が拓のズボンに届いたとたん、蹴られて、歩道にしりもちをついていた。アンパンを入れたレジ袋は、歩道にころがった。
「はぁ? 給食費だぁ? ざけんなよっ。いいか、おめえらは義務教育なんだ。義務教育ってのは、国がみんなタダでやるのが当たり前なんだよ。給食費だってなんだって、そうなんだよ」
「だめだったら。本当に、明日、持っていかないと――」
言い終わらないうちに、また蹴とばされた。
「けっ、しつけえな。じゃあ、またこころの写真撮って、売るからよ。そしたら、給食費ぐらい、払ってやらぁ」
「写真? ……写真て、なんだよ?」
「ん? わかんねえか? ちっちゃくてかわいい女の子の、セクシーな写真ってのは、いい金になるんだよ。きのうも、それで稼いだしな。また写真撮って稼ぐから、待ってろ」
そう言い捨てて、車にもどっていく。
ぼくは拓のうしろ姿をにらみつけていた。
(こころの、セクシーな、写真だと?)
頭のなかが煮えたぎって、沸騰しそうだった。
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