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今日は仕事が早く終わったので、まっすぐ家へ帰らずになんとなく寄り道をしたくなった。
電車の駅を降りて、普通なら10分くらいで家に着く。でも今日はいつもとは違う道へ行った。
曲がったことのない交差点を曲がると、不思議な気分になる。
見たことのない看板。
見たことのない喫茶店。
そんなに離れたわけでもないのに、まったく別の町に来た気がした。
そうこうして歩いているうち、目の前に一軒家が現れた。大きくもなく、小さくもなく、ごく普通の一軒家。こんなところで一軒家に住めるなんて羨ましいなあと眺めていると、玄関からひとりの女性が出てきて玄関前の郵便受けを開け、いくつかの手紙やチラシを取り出す。
その時、僕に気がついたようで声をかけてきた。
「あら、おかえり。早いのね」
僕はなんのことだかわからなかった。その女性が僕ではない誰かに話しかけているのだろうと思い、周りを見てみたが誰もいなかった。
「ごめん、今日ちょっと体調良くなくて晩御飯の用意してないの。なんか頼んでよ」
そしてチラシの中に入っていたピザ屋のチラシを見て、「これにしようよ、あの子も喜ぶわ」と言った。そして「パパ帰ったよ」と叫んだ。
すると家の中から3歳くらいの女の子が走ってきて「パパおかえり」と笑った。
見たこともない女性と子ども。
これが僕の妻であり子どもであったのか。
そうだ。
僕は今日、仕事が早く終わったために寄り道をしていた。そうこうするうち自分の家を忘れてしまったんだ。家だけじゃなく、妻も子も忘れるなんて最低だな、僕はそう思った。
「ほら、早く入ってよ」
見知らぬ妻にうながされ、僕は家に入った。
「ただいま」
無意識にそう言っていた。
後ろで玄関のドアが閉まる音。
僕は二度とここから出られない気がした。
THE END
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