悪役令嬢と言われましたけど、大人しく断罪されるわけないでしょう?

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 ◇  しん、と。物音ひとつない静かな教室にくすりと笑う声が響いた。多くの貴族が通うこの学園も授業終わりの放課後となればほとんどの者が帰宅しているため、全くと言って良いほどに人の気配がなかった。夕日が差し込む少し暗い教室の窓辺の席に座っているのは隣国から留学に来ている皇太子のアルバート。  アルバートはとある目的のため、授業終わりの自主学習と称して毎日こうして遅くまで教室に残っていた。 「彼女が来られたのですか?」 「ああ。……今日も大荷物だな」 「そのようですね。今日は一体何分であの量の書物を読み終えるのでしょう」  この席からは一本の大きな木が見える。彼女───カティア・ローデント公爵令嬢はかなりの頻度で学園の書物を持ち出し、その木の下で暗くなる直前まで読み耽っていた。この学園は申請すれば書物を外に持ち出して良いことになっている。ただし、時間が限られているので持ち出す者はあまりいない。だが彼女の場合は例外で、分厚い書物を一冊当たり数分と言う少なくとも常人には不可能な速さで読み終える。  流し読みしているわけではなく、目の動きが尋常ではないのだ。恐らく動体視力がかなり優れているのだろう。  その大量の書物を運ぶ使用人も大変そうに思えるが、彼女の伴う護衛はいわゆる脳筋と言うやつで、当然公爵令嬢の護衛を勤めるだけの戦闘能力や知性、冷静さもあるが基本的に鍛えることで頭がいっぱいなタイプだ。そのため、大変どころかむしろ喜んでほぼ毎日中々の距離を重い書物を抱えて行き来している。  ……と、そんなことはどうでも良い。結局アルバートは忙しい中毎日居残りしてまで何をしているのかと言うと、楽しそうに書物を読んでいるカティアを見守っているのだ。  カティアには婚約者がいるので、異性であるアルバートがそう易々と近づくことは出来ない。それでも好きであることに変わりはないため、毎日訪れるわけではないと分かっていてもこうして待っているのだ。 「殿下も良く飽きませんね。敵わないことが分かっていると言うのに、こうして大事な時間を使ってまで彼女を見たいと思えるのがすごいです。無論、殿下が良い意味で変わってくださいましたし、私としては彼女に感謝しかないのでいくらでもお供致しますが」 「私が本気で手に入れたいと思ったのは彼女だけだ。すでに何度フラれているか分からないが、表向きは距離を保ちつつ親しくなろうと思う」  そう。堂々と近づくことは出来なくても、こっそりならば構わないのだ。アルバートのカティアへの想いに関してはすでに周知の事実となっているため、いくらでも手の施しようはある。  感情らしい感情がなかったアルバートに、深く関わったことはなくとも少しでも意識されるために変わろうと思わせてくれたのはカティアだ。明るく優しく温かい彼女にアルバートは惹かれた。  ───初恋は叶わないと良く言うが、アルバートはそれで終わらせるつもりなど毛頭ない。どんな手段を使ってでも、どんなに時間がかかったとしても彼女を手に入れて見せる、と。アルバートは、カティアに恋した瞬間から決めている。  ◇
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