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朝日が山の稜線に顔を出すころ、ココロは目を覚ます。
ベッドから跳ね起きて外に出る。
まだ空は白んでまもなく、吐く息が白い。キーンと張った空気が気持ち良い。
天空に残る月を見上げて伸びをする。
秋の一日の始まりだ。
ココロの家は小料理屋だ。小さな街の真ん中より少し山寄り、教会と市場の間の脇道、車は通らない静かな片隅に立つ、赤煉瓦の屋根が目印。
ガラス窓のついた白い扉を開ければ、中には赤煉瓦に似合う赤チェックのテーブルクロスが掛けられた机が六つ。
机と椅子を拭き、カップを磨くところから、ココロの一日が始まる。
父は朝早くから仕込みで起き出し、厨房からはもうイーストが発酵する独特な香りがする。母は市場へ買い出し。その証拠にほら、買い物籠がない。でも机の上にはちゃあんとココロの朝食。昨日の残りのパンがミルクがゆになって待っている。父がリズミカルに動かす包丁の音を聞きながら、ふうふう熱いミルクがゆを冷まして食べる。
ココロのうちの店はなかなかの評判。街の人も昼休憩にやってくるし、旅人もどこから聞きつけたのか、毎日ひと組ふた組とやってくる。
客が増えると厨房で石窯が爆ぜる音が大きくなる。焼きたてのパン、肉のグリル、野菜のグラタン……寒い山間の街で、人々の冷えた身体をココロの父の料理が温める。給仕するココロの明るい声も、人気を呼ぶ理由の一つだった。
「ココロちゃん、今日もご案内、頼めるかしら?」
昼過ぎ。隣の隣の隣に立つ旅館の若女将がやってくる。
「もちろん喜んで! お客さんはおひとり? おふたり?」
実はココロにはココロだけの仕事があった。それは、この土地、周りを囲む山の自慢を旅人に見てもらうこと。もう歳の両親に代わって、若くて体力のある元気いっぱいのココロがやるのだ。
「ココロやれるか?」
聞かれたココロの答えは一つ。
「もちろん、任せて」
若女将に連れられて入ってきたのは若い女性。動きやすそうな上着にズボン、運動靴は年季が入っている。お連れ様はいないひとり旅。自然に癒されたくてやってきたという。
「この土地の珍しい噂を聞いてきたんです。やっぱり、旅だから珍しいものなら是非体験しなきゃって……あの、モンスター案内があるって聞いて」
また今日も、好奇心旺盛な旅の人がやってきた。
「はい、喜んでご案内します! お姉さん、夜まで待ってくださいね。それまで街を案内しますよ!」
お昼にお店を手伝って、昼過ぎになって弾む会話で街の見どころを案内する。古い教会、伝説のある井戸、美味しい菓子屋、笑顔弾むココロの案内は、旅人の心も癒していく。
そして夜。
「じゃあ行きましょうか。けっこう山を登りますよ」
「嬉しい。私、モンスターなんて見たことないもの」
ドキドキと期待を膨らませる旅人を連れて、周りで一際美しく、頂上に美しい小屋が立つ小山へ案内する。
薄暗い山道を転ばないよう、灯をともして登っていき、目的地まで案内する。ほら、ね。見えるでしょう。
若い旅の女性は、案内を頼んだものを一目見るや、驚きで息を呑んだ。
「うわ…私、こんなもの初めて見たわ……」
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