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「おじさん、俺、何だか分からなくなって」
次の日。店の端の席でチーズを載せた、釜から出たばかりのパンをつまみに、昼から酒のグラスを傾け、若い男性が愚痴を漏らす。
「仕事も真面目にやってるし、それなりにやりがいもあるんだ。でも、自分のしたいことってこれかなって。こんな都会にいるだけでいいのかって分かんなくて」
休暇取ってふらっと来ちゃったよ、気の向くままさ。
グラスの酒を揺らしながら、誰に言うともなくぼんやりと、空を見ながら溢れる言葉。
この地方、いやこの国の人では無いのだろう。発音に少しズレがある。
「そしたらさ、この街でモンスターが見られるって言うじゃん。そしたら、この店来たら案内してくれるって言うじゃん」
ココロはキュッキュッとグラスを拭きながら、青年の話を聞いていた。父は料理の手を止めずに、おざなりではなく言葉に耳を傾け、相槌を打っていた。
「それも、俺今日、誕生日なんだよね。なのに一人で、虚しくてさ。呑み込まれても、良いかなって」
うーん、とココロは唸った。
確かに、呑み込まれそうかも。
「そりゃぁ、何か刺激が欲しいな」
父が器用にフライパンを操り、肉をひっくり返す。
「今日は道行きにも、日も良いんじゃないかねえ」
母が宥めるように青年の前に水を出す。そして二人、口を合わせた。
「ココロ」
深く深く、頷いた。
陽が沈む頃、ココロは青年と家を出た。青年を誘い、山道に入る。枝と枯れ葉を踏みしめ、暗くなり始めた林の中を行く。ランプの炎がほんのりと辺りを照らす。ココロが前を行き、つまづきそうなところ、青年の足元を照らしてやる。
岩の剝き出た地面を超え、渓谷にかかる吊り橋を渡り、時には細い枝を掻き分けて、鬱蒼とした山道を進む。
「なあ、どこまで行くんだ」
後ろから歩む青年の声は、慣れない山道で少し息が上がっている。
「まだもう少し。もっと上だよ」
「やっぱりモンスターってのは、人里離れた奥地にいるものなのか」
「うん。街に近いとなかなかね」
木々が風でざわめく。鳥の鳴き声が頭上から不気味に聞こえ、遠くで野犬かなにかが遠吠えを上げている。
もうとっぷりと日は暮れ、森の中からは街の灯も見えず、ランプの周りしか明かりがない。
疲れを見せる青年を励まし、一歩一歩と山の中を進む。ココロも背中に背負った荷物が重い。カタカタと荷物が揺れて鳴る音に、時々青年はびくりと震えた。
真横に伸びた大木が目の前に見えてきた。もうすぐ到着だ。
「ここをくぐれば、見えるよ」
青年を前に押し出し、木の枝の下をくぐらせる。
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