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薄暗い通学路を、一人トボトボと歩く。これからアカネの家に向かって、アカネに謝罪しつつミナトの言っていたことを話そうかと考えた。けれど、私の言うことを信じてくれるとは思えなかった。じゃあどうしようか、と考えても何も案は浮かばなかった。
「私って、馬鹿なのね」
思わず両目に涙が浮かぶ。
何もできないことがつらいんじゃない。
アカネに頬を叩かれたことより、アカネに信じてもらえないことより、ミナトに裏切られたことより……何よりも、友だちが一からゼロになったことにどこか安心している自分がいることに気づいてしまって、そんな自分があきれるほど馬鹿らしいと思えてしまったんだ。
「なあ、知ってるか? 人の恋路を邪魔したヤツって、馬に蹴られたって言うんだぜ? あはは、馬鹿の〈バ〉も馬だなあ?」
ふと視線を上げると、背の高い男性が後ろ姿を見せながら立っていた。堂々と、立っている。
「あの、邪魔」
「ああん? 邪魔の〈マ〉は馬じゃねぇな? お前は馬鹿か! ここは俺に合わせて〈馬〉のつく言葉を言えってんだ」
男はもう一度「ああん?」と巻き舌で言うと、ふり向きながら私を見下ろした。目と目が合う。相手の目と、私の目。私は大きく息を吸って叫んだ。
「う、馬!」
「馬鹿か。見ての通りの馬だ、見たまんまを言ったらおもしろくないだろうが!」
男は鼻息荒くそう言った。パーカーを目深にかぶっているが、その鼻づらがぜんぜん隠れていなかった。
そう、その男は顔が〈馬〉そのものだったのだ。
「な、ななな、なになに? 馬? 馬人間? 馬男? 半人半馬? ウソでしょ、夢? 白昼夢? いや、今はもう夜だよね?」
私は混乱しながら助けを求めようと周囲を見回した。しかし人の気配はおろか、車すらまったく通らない。街灯がキラキラと馬男の鼻先を照らしている。
「俺様は地獄の鬼、馬頭(めず)サマだ」
腰に手を当てて胸を張った馬男はそう言った。
「メズ? 案外かわいいお名前ですね」
「馬鹿か? 〈馬〉に〈頭〉で〈馬頭〉だ。かっこいいだろ? 惚れるなよ」
「残念ながら、馬に惚れるようなシュミはありません」
「だが、お前は馬に憑かれている」
「たしかに私は疲れていますが」
「ちーがーう! 馬に〈憑かれて〉いるんだ」
そう言うと馬頭は姿勢を正した。そしてスッと右足を上げてキレイなY字バランスを披露した。
「え?」
「ちょいちょい、こっちにこい」
「あ、はい」
私は言われた通りに一歩二歩近寄る。
「コツン」
男はそう言いながらY字バランスの伸びた右足のつま先を器用に曲げて私のひたいを蹴った――というよりは優しく触った。
「ちょ! 汚い!」
「汚いとは何だ。憑いている馬の悪霊を退散してやったんだ」
「はあ? 意味わかりません、そもそも悪霊なんて言ったらあなたの方こそ馬の悪霊でしょうに!」
「俺様は悪鬼だ! 鬼だ! その辺の低級霊と一緒にするな!」
「訳が分かりません! というか、もうここまでの流れ全部が悪夢なんですが!」
「悪夢じゃねえよ、現実さ」
そう言うと馬頭はスッと右足を下げた。
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