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2、馬頭、お前はお呼びでない
まばたきのような短時間だったと思う。
目を開けばそこには夜空が広がっている。
「無事……だった?」
私はホッとした声で「よかった」とつぶやいた。
「いんや? なんも良くねぇぞ」
聞きなれた声が頭上から降ってきた。
「ぎゃっ」
「起きろ起きろ。閻魔様がお待ちだ」
閻魔様?
なんのことだろうと思いながら体を起こすと、そこは崖っぷちだった。
「ぎゃっ!」
「うるせ。おい、閻魔様の前だぞ、気を付けろ」
「だから、閻魔様ってなに――」
私が立ち上がった拍子に立ちくらみを起こしてまたうしろにひっくり返そうになった。すると見上げた目の前に大きな〈鬼〉が笑ってこちらを見ていた。
「くっくっく。今度の相棒は活きの良い娘だな、馬頭」
低く轟くような声に腹の底が震える。
「え、閻魔様? 閻魔様って、地獄の番人、だっけ……」
むかし話か何かでそう聞いたことがある。でも、あれはおとぎ話でしょう?
「うるさいと舌を引っこ抜くぞ」
「こわい! そして本物っぽい!」
「本物ぞ。今からお前の選定をはじめる」
閻魔様は杓子を片手に前のめりになった。大きな体が私の方へ少し寄っただけで、生ぬるい風がヒュッと吹いた。
「そもそも選定ってなんですか? ここは地獄? なんで私が地獄に!」
「お前は知らないのか? 親より先に死んだ子どもはみな地獄行きだぞ。そして賽の河原で永遠の石積みをしなければならない」
「聞いてません」
「知らないだけだろう? そういう決まりだ」
「だからって、私、死んだ覚えがないんですが!」
「はっ」
閻魔様は一笑した。
「だから? だから何だと言うのだ? おまえは死んだ。トラックにはねられて死んだ。一瞬で死んだ。だから意識がなくなって、記憶もない。だが、そんなこと儂には――ぬ?」
すると小さな鬼がおずおずと閻魔様に巻物を渡した。
「……ふむふむ。なるほど……」
私はチラリと横を向いた。隣には馬面に戻った馬頭がうでを組んで満足気に鼻息を荒くしている。
(私はこいつの元で働くの? それとも石積みを……? どっちも嫌だ)
すると閻魔様が小さくため息をついた。
「おい、馬頭。お前、この小娘に憑いていた馬の霊を追い払ったのか?」
「あ? ああ、そうだけど、それが?」
「その霊のせいでトラックが暴れてこの小娘を轢いたそうだ」
「あん? つまり、どういうことだ?」
「お前のせいでこの小娘は死んだのだ。お前が何もしなければ、あと一年は生きられた」
「へー」
私は馬頭とそろって「へー」とうなずいた……って、いやいや!
「そんな! 少なくともあと一年は生きられた? それなのにもう死んじゃったって、私かわいそうすぎじゃないですか!」
「かわいそうではないが……」
閻魔様は右手に持った杓子を左手に打ち付けた。明らかにイラついている様子だ。
「こういうのはあとで釈迦に文句を言われるんだよな……」
「……え、そう言う問題?」
「あいつ、ただでさえ小言が多いのに、こんな問題でも起こせば給料も減らされかねない……」
「そう言う問題なの? 私の人生って、小言とか給料とかそう言う問題?」
私はあきれながらも馬頭を見上げてにらんだ。
「そもそもアンタのせいで」
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