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未知なる蜜
「皆の幸せ、絶対守る!」
少女が叫ぶ。錫杖をかざして生まれた浄化の光が闇の者を包み込み、いつものように役目が終わった。変身を解いた少女が傍らに浮かぶ二頭身の少年に満面の笑顔でピースサインを突きつけ、少年もその動作を真似る。
いつの間にか定着した、飽きるほど繰り返した動作。
けれど少年には『幸せ』というものがよく分からない。
転移の術で部屋に戻るとちょうど時計が午後三時を指していた。階下から「おやつはー?」という母親の声。戦いの直後だというのに少女は「食べる!」と声を張り上げ、跳ねるように部屋を飛び出した。
軽い足音が遠ざかる。少年は自分の定位置――和風ドールハウスの座布団の上で胡座をかいた。肘置きは見た目こそよく使い込まれた木製だが手触りは木ではあり得ない滑らかさ。『プラスチック』とかいう素材でできた、菓子のおまけらしい。部屋の窓から見える町並みも百年前とは大違いだ。
少年は神の使い。この町に集まる闇の者を、神力を持つ人間と力を合わせて封印するのが彼の役目。そのために目覚め、戦い、役目を終えれば眠りにつく。町や暮らしがどれほど様変わりしてもその繰り返しだけは変わらない。
人間の生などひとたび目を閉じてしまえば次に開く時には終わっている。そんな一瞬のうちに何が起きようと些細なことだろう。
長続きしない幸せにどれほどの意味がある。一瞬で終わる悲しみに拘るのは下らない。少年は窓ガラスに映る自分の、感情の抜け落ちた顔を眺めながら、そんな思いを飲み込み続ける。
軽い足音と鼻唄が戻ってきた。
「お待たせー!」
少女が持つお盆には分厚い茶褐色の菓子と、白い飲み物が載っている。漂う甘い香りは百年前に一度嗅いだものだ。
「ほっとけえきにかるぴすか。豪勢じゃねえか」
「カルピスは普通だけどママのホットケーキは特別だよ!」
少女はホットケーキにフォークを入れる。そうして机からスポイト、ドールハウスの戸棚から皿を取り出してそれぞれにカルピスとホットケーキの切れ端を載せた。
「一緒に食べよ!」
神の使いに食事も睡眠も不要。以前からそう言い聞かせているというのにこの娘は聞いていないのか。問答すら億劫で、少年は大人しくお裾分けを受け取った。
少年は幸せの意味など知らない。
ただ同じ甘味を共有する少女の笑顔は、蜂蜜のように甘く少年の心を焼いていく。
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