神差し指

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神差し指

「シロー!そっちに行っちゃダメ」  今日は七夕。僕が笹に短冊を下げている隙に、拾ったばかりの子猫のシロが、ベランダのサッシ窓の隙間から、するりと外に出てしまったのだ。  シロはまだ小さいから、ベランダの柵の隙間をから落ちるかもしれない。  ここは3階なのに! 「ミャアー」 「シロダメ、あぶな……ええ!」  シロはベランダの柵の向こうに立っている中国風の着物を着た女の人と、ミャアミャア何やら話している風なのだ。   オマケにその女の人は体が半透明で、向こう側が透けて見えていた。 「お、お姉さん誰?」僕は思わず悲鳴をあげて、お姉さんを指差してしまった。  そして、さらにびっくりした。  お姉さんを指差した僕の右手の人差し指が、付け根から消えてしまったのだ。 「あらボウヤ。人差し指で神様を指さしたりしたからよ。それは人を蔑んだり、呪ったりする時に使う指。神様を指すときはこっちの指じゃないとダメなの」  そう言って僕の親指に触れた。  途端にさっきまで薄くて影みたいだった女の人の姿が、スッと実態になって、ベランダの柵の外に立っていた。とんでもない美人さんだった。 「これで、私がはっきり見えるでしょ?霊的なものは、親指の先から入るのよ」  そう言えば死んだおばあちゃんが昔、「霊柩車を見たら、悪い霊が入ってこないように親指を隠すんだよ」と言ってたっけ。  え? と言うことは…… 「お姉さん神様なの?」  僕は、アワアワしながら、シロをギュッと抱きしめた。 「正しくは神様の娘。ちょうどよかった、この猫のシロちゃんが、私の探してる人を見かけたと言うから、一緒に探してほしいと頼んでたんだけど、ご主人のあなたを置いて勝手はできないと言うの。  今夜しか会えないのにあの人ちょっと方向音痴で、待ち合わせの場所に来なかったのよ。だから助けると思って、シロちゃんと一緒にさがしてくれないかしら」 「……良いですけど」  男は、きれいなお姉さんに頼まれると弱いのです。 「よかった! じゃあこれに乗って一緒に行きましょう」  途端にお姉さんの足元から何か白いものが浮かび上がってきた。  空中に浮いていると思ったのは間違いで、お姉さんはその白い大きなものに乗っていたのだ。  ――それはとんでもなくでかい白鳥だった。 「全くどこで迷ってるんだ、あのバカは」  白鳥の右の翼の先にいた、頭にライオンの顔を乗せて体にライオンの皮を着たすごく逞しいおじさんが、逆さまに宙に浮きながらそう言った。 「あえて苦難の道を歩むのは慣れてるが、こう毎年バカの相手じゃ堪らない。アイツ派手好きだからまた目立つ格好して、不審者扱いされてんじゃ無いのか?」 「そりゃあなたは目立たない方だけど。アレは私の作った服を着てたせいなのよ。去年のデートはニューヨークのエンパイヤステートビルだったから、レゲエ風の衣装にして、大受けだったの。今日本は中華後宮の話が流行ってるって聞いたから、今年はヒコさんのも私とセットで中華衣装にしたのに。まさか彼、去年の衣装でここにきたんじゃ……」 「あり得るぞー。アイツ、あの衣装すごく気に入ってたから。あのカッコじゃお巡りさんに不信尋問されるのが落ちだ。俺は目立たないが、アイツは目立つからな」  目立たない? 裸でライオンの毛皮を着て逆立ちしてる人が???? 「不審尋問……そんな、どうしようー」  お姉さんは泣きそうだ。それにしても、方向音痴で服のセンスが怪しくて、お姉さんの彼氏さんはかなり問題を抱えてるみたい。こんな美人さんなのに、もうちょっといい相手がいなかったのかな。 「エルキュールさん、そう言わないで。年に1度の事ですから、お隣さんのよしみで協力しましょうよ」  並んで飛んでいた羽の生えた馬が言った。小さなイルカと子馬もいる。お姉さんのペットかな? 「だいたい中華後宮なんて、2018年ごろの流行りじゃ無かったか? 織姫は裁縫は得意なんだが、どうも時代センスがずれてるからなあ」  ヒコさん? 織姫? 今夜しか会えない……そうか!今日七夕様だった。  白鳥座の隣はペガサス座。 この人達みんな星座の神様達なんだ。  アレ?でもエルキュール座なんてあったかなあ?  そのとき鼻をヒクヒクさせていたシロが、西のほうに向かって「ミャア」と鳴いた。 「あっちみたい。ボウヤそっちを人差し指で指してみて」  僕の人差し指がそっちを指さすと、アレ?さっきのお姉さんの時と違って、指が半分だけ透き通ってる。 「やっぱりな。あいつは婿養子だから神の眷属としては不十分。正しい反応だ。いくぞ」  おじさんはくるりとバック転、背広とスーツに着替えた。ビシッと決まったイケオジだあ。 「おじさんカッコいい」僕がそう言うと、 「おじさんは心外だ。おにーさんと言え」  そう言うとおじさんは、白鳥の左の羽の先にいた羽の生えた馬に飛び乗った。  僕とシロも白鳥に乗り込み、滑るように夜を飛び出した。  みんなで僕の指す指の方へ飛ぶ。だんだん東京タワーに近付いていってる。  「おい……約束したのはスカイツリーだって言ってなかったか?」  おじさんが、ボソリと言った。 「そうよ、ちゃんと世界一高い塔よって言ったのに。ヒコさんったら、どこまでおのぼりさんなのよー」  お姉さんは、とうとう泣き出してしまった。 「ミャア」  シロが鳴いた。首を今度は東に向けている。 「アレ?指が元に戻った。どうして」 「多分移動しているんだ、指を東に向けてみてくれ。しかしスカイツリーの方でも無いぞ?」   エルキュールさんに言われて僕が指を動かすと、ある場所でまた指が半透明になる。 「そっちだ! 指はそのまま。追うぞ」僕たちは飛び続けた。  そしてぼくの指先が走っているパトカーを捉える。  後部座席におまわりさんと、変な格好の男の人が乗っていた。 「ヒコさん!」お姉さんの叫び。 「ストップ、ストップ」エルキュールさんが馬から降りて、パトカーを止めた。   やっぱりお姉さんの彼氏さんは、警察で不審者と間違われて捕まって尋問されていたのだった。確かに服のセンスの悪いレゲエの人みたい。それも最悪の……。  エルキュールさんの「みんなで仮装パーティに行く途中だった」とゆう説明で警察に納得いただいて、無事お姉さんに彼氏さんを会わせる事ができた。  ヒコさんは中華服に着替え(こっちの方がまだマシだった)、二人は手を取り合って一晩だけのデートにいそいそと出かけて行った。 「ミッション終了。やったな」  おじさんは右手でサムズアップ。僕も同じくサムズアップ。拳をぶつけて勝利の挨拶。 「じゃあ私は帰るとしよう」  おじさんはそう言ってペガサスに乗り込んだ。 「どこに帰るの?」  おじさんは、サムズアップした右手をさらに上に向けた。  僕がその指を目で追うと、七夕の素晴らしい星空が広がっていてそこには――  ちょっと地味な逆立ちするヘラクレス座!  そうだ、エルキュールって、確かヘラクレスの英語読みだった。  そして僕が目を下ろした時、もうおじさんはそこにいなかった。 【後書き】  今書いている新作「扶桑樹の国」がかなり時間がかかりそうなので、気晴らしにSSを書くことにしました。SS新シリーズ「季節の便り~12ケ月」の7月です。12本予定。  困った時は「隆くんとシロ」を出せばなんとかなるので、サラリと書いた一本。次回は4月のエイプリルフールのネタの予定。この後の回は、なるべく季節を守って書くようにします。
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