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「もともと落ちつけない性分なんだ。だから結婚には向かないと最初から話してあった。騙すつもりも、ひどいことをした自覚もなかった」
宮野の口から言い訳がましい台詞がでてくると、テーブルの周囲には、やり場のない感情が渦を巻くように漂う。
悟はひどく喉が乾いていることに気づいて、グラスのなかの水を飲み、氷を噛みくだいた。
「愛子さんが子どもを産んだことや、その後病気になったことは?」
父親の声には、言い逃れさせないという気迫がこもっていた。
「愛子のことは、亡くなって数年後に、鞄を修理してもらおうと持ちこんだときに知りました。さすがに気まずくて、それからはあおぞら商店街に行くことも避けてました」
下を向いて話す姿からは、思いやりの感じられない行動を宮野自身が恥じているようにも見える。
「基くんから聞くまで……さとるさん、のことは、まったく知りませんでした……申し訳ありません」語尾がかすれて震えた。
感情を押し殺した声が、それに応じる。
「我々は愛子さんから、子どもの父親はもういないと聞かされていた。こいつの悟という名前が、あんたの名前と同じ読みなのも初めて知ったことだ。彼女は……あんたのことを忘れていなかった」
その言葉に、宮野はますます顔をうつむけ、肩を震わせた。もうなにも言えないようだ。
そして、それは悟も同様だった。
どんな話を聞いても平静でいようと、心積もりをしてきた。涙などぜったいに流さない。
子どもの養育にはまったく不向きな男が自分の実父だと知っても、自分ならできるはずだった。
「ううっ……」
そのとき、こらえていたものが決壊するように嗚咽を漏らしたのは、基だった。
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